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 (とき)は2070年、AIによって人類が管理される時代。

 人類は2045年の「()()」まで環境問題や紛争などによって衰退の一途を辿っていた。追い詰められた人類は一つの解決法を選択することになる。それは日本に本部を置く国家連環(こっかれんかん)の会議によって採択された、国家を一つの都市として政権を残したままに、より大きな枠組みでAI「ソフィア」によって人類全体を管理するというものだ。人類はソフィアという新たな神を歓迎し、思考を預けた結果、戦争や飢餓と決別することができた。

 かつて国際連合と呼ばれた組織は名を改め、「国家連環(こっかれんかん)」として、自由貿易や渡航の自由など、旧時代より柔軟な連携体制をとっている。

 しかし、皮肉なことに平和が訪れた結果、軍という共同体の内外に向けられる暴力装置の必要性と、権威主義が浮き彫りになっただけであったのだ。

 一部の先進国閣僚たちは、開発者を脅し、ソフィアに対してオリジナルの命令を下すことのできるキーを作らせ、水面下で利益を独占していた。

 ましてやソフィアの演算の結果、人々の憎しみの矛先を政府へ向けないため、テロリストの活動を一部見逃していた。

 人々は得体のしれない閉塞感に不安を募らせていた。フラストレーションが高まればテロリズムが起こるのも必然の事態であったのである。人々の総意というのはいともたやすく変わるものなのだから.............



 西暦2070年8月2日セレベス海。三方を島に囲まれ、赤道直下の熱気が海面を割ったような青が広がるこの海域は、今では国連(こっかれんかん)の海上物流ルートからわずかに外れた位置であった。

 ソフィアの衛星監視網が最も希薄になるレッドゾーンを、オーストラリア西部の港町、フリーマントルを出た巨大な影が音もなく進んでいた。

 25万トン級の偽装貨物船ー『アポリア号』。 かつては大量の物資を運んだその鉄の巨躯は、武装し、反政府組織『リ・バース』の移動要塞となっていた。ここには世界各地に散っている、メカニックや諜報員、戦闘員を含む構成員たちの一部が集結している。

 甲板へとつながる扉が開く。甲板に立つこのリ・バースのリーダーである青年の名をカイ・ハイランドという。

 【カイ。心拍数、血圧ともに上昇しています。深呼吸による自己調整を推奨します】

 彼の背後から、無機質な声が響く。首筋に埋め込まれた、骨伝導スピーカーから語り掛けてくるこの声は、個別汎用型支援システム『C.B.I.S.(シービス)』――通称「ボイス」だ。ボイスは体に埋め込むことが義務となっている生体AIデバイスで、その性能は生活を支えるための最低限に抑えられている。

 【昨夜からあなたの前頭葉に、特異なストレス反応が記録されています。私は、あなたが抱いている計画への不安によるストレスの上昇を危惧しています】

 「……心配するな、僕は、ただ海風に当たっているだけだ」

きつい西日に目を細め、重油とたまった雨水の匂いが染み付いた甲板の手すりに身を乗り出した。 網膜の隅で点滅するインジケーターは、ソフィアの監視外にいることを示す赤色だ。

 今では地球周回軌道上にそれぞれがソフィア本体の演算能力を持つ静止衛星100km間隔で地上を見張っている。だが、演算能力を維持するため、配置されているのはおおむね陸地があるところだけで、この絶海の上では神の目は届かない。

 ボイスはソフィアを母体とする下部AIであったが、人権保護の観点からなのか単なる傲慢なのか定かではないが、個人の記録がソフィアにアップロードされることはない。

 この船には、ソフィアから「ガス抜き」として労働を割り振られた人間たちが乗っている。 洋上ではAIによる機械制御ができないことから、人間がその担い手となっている。狭い機関部の清掃や、荒天時の物理的なワイヤー固定など、汚く、危険な仕事に従事する者たち。彼らにとって、この労働は市民適格性を維持するための、いわば「生かさず殺さずの猶予」だった。 

 リ・バースがこんな活動をできているのは、AI支配を気に食わない資産家からの軍資金があるからなのだ。

 もう少しすればソフィアによる世界を望まない、地方政治家から受け取ったデータを仲間が持ち帰るころだ。

 水平線の向こうに水しぶきを上げながら疾走する一隻の小型高速艇を見つけた。 それは国連軍の哨戒網を潜り抜けてきた難民居住区からの連絡艇だった。けたたましいエンジン音を響かせながらこちらに向かってきた。彼らが帰ってくる。

 「カイ! 生きてたか、この野郎!」

 甲板に放り投げられた梯子(はしご)を駆け上がり、潮まみれの男が姿を現した。バクだ。その後ろからは、巨大な岩のような威圧感を纏った男、テツが沈黙と共に現れる。

「二人とも無事そうでうれしいよ。」

「無事なもんか。国連軍の追尾を振り切るのに、ラルバの奴が肝を冷やしてたぜ。奴ら、合流にこんな厄介な場所を提示しやがって……だが、ブツは無事だ。」

 テツが、防水加工された頑強なケースを甲板に置く。中にはチップが入っていて、国連の特権階級がソフィアの資源配分プログラムを改竄するために使用している「介入キー」によって行われた不正の事実が記録されている。

 カイはこのチップ中身について、事前に政治家とパースで接触したときに承知していた。

 「これでようやく敵が取れるってもんだな、カイ。」

 「そうだね。ここまでの道のりは長かった。」

 そう、彼こそがソフィア開発中心技術者、ガイア・ハイランドの息子であった。彼の父はソフィアに国家権力が介入することを拒否して暗殺されていた。

 ケースに手を触れた。冷たい金属の感触が、指先から現実を突きつけてくる。

ボイスは、主人の心拍が高揚を記録していることに安心したのか、沈黙している。

 バクが吐き出した肺いっぱいの空気には、スラムの()えた臭いが混じっていた。彼は背を向けると手すりによりかかった。その首筋には、不格好に埋め込まれた旧型のボイスの痕跡が、赤黒いケロイドとなって残っていた。

 「なぁ、カイ。あちらさんの合流地点に向かうまでの間、北スラウェシを通ったんだがよ。あそこ、もう調整が始まってたぜ。酷いなんてもんじゃねえ。」

 バクの声は低く、ひび割れていた。カイはその言葉の意味を分かっていた。 「調整」――国連が用いる、最も忌まわしい統治行為の一つだ。ソフィアの演算によって「資源維持のコストが見合わない」と判断された居住区はスラムと呼ばれ、配給を停止され、ライフラインを遮断される。

 そして、市民適正格の下がった市民たちは再教育センターへ送られるか、あるいは野垂れ死ぬのを待つだけの難民へと追いやられる。

 市民適正格の下がった人間は、再教育センターに送られ、外科的に脳を、全体主義に従うことで報酬物質が出るように変えられてしまうという噂がある。

 「ソフィアの計算じゃ、あそこの三万人は非効率な変数なんだとよ。笑っちまうよな。昨日まで隣で笑ってた奴らが、朝起きたらただのゴミ扱いだ。」

 【反政府的な発言は市民適正格に悪影響を及ぼします。私は、あなたの健康状態を懸念しています】

 バクのボイスが、スピーカーを通じて周囲にも聞こえるほどの音量で鳴った。

 「うるせえ!」

 と彼は怒鳴った。

 「カイ、お前のボイスは……相変わらずか?」

 「ああ、私の主人は、自分の健康よりも計画の完遂を優先しているようだと、嫌味を言われているよ」

 苦笑し、静かに佇むテツの方を向いた。彼は無言で、持ち込んだケースの最終チェックを行っている。テツの指は太く、節くれ立っていたが、精密機械を扱う動作は驚くほど繊細だった。

 「テツ、君がいた30年代の紛争地では、こんなボイスはなかったんだろう?」

 テツは手を止めず、地を這うような声で答えた。

 「ああ。当時は、自分の頭の中を覗かれる心配なんてなかった。代わりに、いつ隣の兵士が背中から撃ってくるかを怯えていたがな。だが、今よりはマシだった。少なくとも、怒りをエラーだと指摘されることはなかった」

 この船には最低限の武力として、工業用機械に偽装された全高10mの機動装甲(マニューバアーマー)を6機、積んであった。機械装甲は軍民ともに使われる大型工業機械で、表向きは船外作業用などに用いられる多目的人型工業機械となっているが、カバー部の下には、バクが非合法(裏ルート)に調達した軍用規格の強化アクチュエーターが隠され、国連軍が使うのと遜色(そんしょく)がない武装が施されている。これが、この船の戦力であった。

  テツのような元傭兵、バクのようなスラムの機械屋。本来交わるはずのなかった彼らを繋いでいるのは、貿易会社ノアからの資金援助と、そして何より、自分たちを端数として切り捨てた国連への、剥き出しの憎悪だった。

 【カイ。私は、あなたのニューロンが共感という非合理な反応を示しているのを検知しました。テツ氏の過去のデータは不確定要素が多く、彼の言葉に依存することは推奨されません】

 ボイスが、冷たく釘を刺す。

  「依存しているわけじゃない、僕は、彼の痛みを学んでいるんだ。機械の計算式には決して含まれない、人間だけの論理なのさ。」

 【理解不能です。痛みは回避すべき信号であり、学習の対象ではありません】

 ボイスとの会話は、いつも平行線だ。

 カイはブリッジへと向かった。そこには、ノアから派遣された船長が待っている。このジャックという男は、髭を生やした中年で、表向きは国連の物流網を支える船乗りだが、その裏では、ソフィアによる市場独占を苦々しく思っている旧時代の資本家だ。

 「船長、進路は?」

 「予定通りだ、少年。このまま公海を北上し、ダバオと香港を通り、日本州の旧東京湾沖まで二週間かけて接近する。そこが衛星の死角、レッドゾーンの終点だ。……そこから先は、君たちの仕事になる」

 船長は葉巻を燻らせながら、窓の外の暗い海を見つめた。

 「そういえばテツたちが国連軍の追尾を振り切るのに苦労したといっていたからで恋をまいたほうがいい。」

 デコイは、放出することで付近の海域の潮の流れを乱し、ソフィアによる監視をごまかすための手段の一つだ。

 「ああ、わかった。電子戦クルーへ伝達、デコイ射出、デコイ射出だ。」

 「イェッサー、キャプテン。」

 もちろんテロリストであるこの組織には階級といった類は存在しないのだが、乗組員(クルー)達はキャプテンに全幅の信頼を寄せ、敬意を持っていた。

 「いいか。国連軍の哨戒艦隊は、よほどのことがない限り無茶はしないはずだ。だが、最近こっちの軍に着任したナイルという男は別だ。報告じゃ、ウチの別動隊が捕まったって話だ。あの中佐だけは、機械の予測を超えた動きをする。気をつけろよ。」

 「はは、それじゃ敵方をほめているように聞こえるけれど?」

 「む....とにかく奴は油断ならないんだよ。」

 ナイル。 その名を聞いた瞬間(とき)、心臓が微かに脈打った。 国連軍で最も若くして極東方面軍司令官、その地位に就き、秩序の番人としてメディアに祭り上げられている。 これからの計画において最大の障壁となるであろう男。

 【ナイル中佐についての思考を検知しました。私は、あなたが彼に対して抱いている期待に似た感情を理解できません。敵対者への期待は、生存確率を低下させます】

 「期待、か。そうかもしれないな。これは僕の勘だが、この嘘だらけの世界で、彼だけが唯一、同じ真実を見ている気がするんだよ。」

 本来、敵であるはずの人間にさえ、期待をしてしまうのが人間というものである。

  日が沈む。海風が強まり、船体が大きく揺れた。 船底で軋む鋼鉄の音は、いつまでも鳴り止まなかった。


次回、第二話「コマンダー」2/5投稿予定!

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