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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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神と悪魔のリバーシ

作者: 紡里
掲載日:2025/11/19

「助けてくれ」

 かつての婚約者が土下座をしています。

 領地の応接室で。

 王都にいたころは、お茶会もすっぽかして、わたくしを蔑ろにしていた男です。


「あら、わたくしは偽物の聖女で、あなたの恋人を虐げた極悪人なのでしょう?

 あなた様をお助けする力など、とてもとても……」

 扇で口元を隠しながら、感情を込めずに棒読みしてしまいました。


「私が間違っていた。悪女に騙されたんだ」

 まるで、自分は悪くないと思っている。虫唾が走るわ。


 かつてわたくしがやられたように、石を投げつけてやりたい衝動に駆られた。

 お前がわたくしを「悪女」と言ったから、王宮の人間や国民からもそんな風に呼ばれ、蔑まれたのだ。


 深呼吸をして、怒りを抑える。

「『悪女』とは、わたくしのことですよね。騙した覚えはありませんけれど」

 そう。指を指してわたくしを何度も「悪女」と罵ったのよ、こいつは。

 頭を下げ無防備になった首に、斧が当たる感覚を味わわせてやりたい。


「意地悪を言わないでくれ。君のことじゃない」

 甘えたような、気持ち悪い声を出しました。まるで、恋人に囁くように。鳥肌が立つわ。


「ええ、わたくしは意地悪なのですわ。そんな女に頭を下げても、何の意味もありませんわね。

 さあ、お帰りください」

 揚げ足をとるなんて、品がないかしら。でも、散々やられたんですもの。多少は仕返ししてもいいわよね。


「頼む。瘴気を消してくれ」


「それは、真の聖女にやってもらえばいいでしょう。こんなところで偽物を相手にしている暇はないのではなくて?」

 扇の陰で、ほほほと笑います。


「だから、あいつは偽物だったんだ」

 なぜ、我が意を得たりというような得意げな顔なの? それを応接室で声高に言ったところで何になるというの。聞いているのは、我が家の使用人だけだわ。


 そんなの、初めからわかっていたでしょうに。

 ――いえ、もし、わからなかったとしたら……?


「あなた、本当にわからなかったの?」


 間抜けな元婚約者が首をかしげる。


「王家の血を引くなら、聖女の光魔法が感知できるはずよ。

 あなた、国王の種じゃないのかもしれない。王妃様に確認した方がいいわ」


 ショックを受けた顔で、ふらふらと帰って行った王子。

 瘴気の問題を忘れて、自分の出自を気にするところが駄目なのよね。


 でも、これはわたくしも初めて気がつきました。

 前回のわたくしは、疑問に思わなかったのかしら。「疑うことを知らない聖女」なんて、単なるおバカさんってことね。




 数日後、王妃と王子とその恋人が処刑されたらしいです。

 国王から、ちゃんと処理をしたから王都に戻ってくれと手紙が来ました。


 なので、丁寧に返事を出しましたわ。



「そんな奴らが処刑されたとして、わたくしの溜飲が下がるわけがないでしょう。

 処刑してくれなどと頼んでいません。

 むしろ、その人たちの関係者にわたくしが逆恨みされたら、どう責任をとってくれるんですか?


 その人たちをどう処理しようと、領地に帰ってきたわたくしには関係ないし、心の傷も癒えません。


 そんなことよりも、婚約してから拘束された八年間をどう償ってくださるんですか?

 他国の王族もいる中で、王子に侮辱されたわたくしの誇りは?

 親族になるからと融通していた関税や穀物の値段は、八年間遡って精算するんでしょうね?


 それから、王都の民に流布したわたくしの不名誉を撤回しない限り、王都には参りません。

 あなたの愚息がわたくしに国外追放を命じたのは、どうなっておりますの?

 監督不行き届きも甚だしい。親として失格ですわ。

 反省しています?


 もし、愚息と同じようにわたくしに浄化を依頼するなら、王都の神官の五倍の料金を用意なさい。

 いえ、その前に、十人の神官にやらせれば、浄化できましてよ。

 神殿の発言力を強くしたくないなどと言っている場合ではございませんでしょう。


 せいぜい、お励みなさいまし。

 父や兄を脅迫しようとしたら、許しません。

 そうやって無理矢理婚約させた結果があれですよ。反省していると言うなら、繰り返さないのは当然でしょう。


 ああ、これが不敬だとおっしゃるなら、国外に退去します。

 すでに一度、あなたの愚息に命じられておりますけれど」



 執事がため息を吐く。

「お嬢様、これを本当に国王陛下に送ってよろしいのでしょうか」


「構わないわ。だって、これを送った後に、この領を覆う大きな壁を作ってしまうから」


「罪のない王都の人を見殺しにするのかと、責められますよ?」

 ためらいがちに執事が進言する。


 穏やかだった令嬢から、ぶわっと殺気が漏れた。

「……覚えていないくせに、キレイゴトを言わないで」

「し、失礼しました!」


 執事は一礼をして、執務室から出て行った。


 二人のやり取りを見ていた父親は、口を挟まなかった。

 突然の婚約破棄で娘が傷ついていると思い、人が変わっても仕方ないと考えているようだ。

 怒りで肩をふるわせる娘が、自室に戻るというのを許した。




 実は令嬢にとって、この瘴気が湧く事態は二回目の出来事なのである。


 前回の生では、元婚約者の懇願に負け、王都の瘴気を払った。間抜けなお人好し。


 寿命を削って瘴気を払ったあと、功績を王家に横取りされた。王子の恋人が「真の聖女」と持ち上げられて。

 聖女の称号を奪われ、瘴気発生の原因を押しつけられて、一家もろとも処刑された。


 痛めつけられ、髪を切られ、悪意の前に晒されて、殺された。

 家族も同罪だと。共謀して皆を騙したと。

 無実の罪で。


 むち打ちされた背中が痛くて眠れない夜。

 酸っぱい腐った食事。

 罵詈雑言。

 わたくしの命を削って助けた人々からの、心ない仕打ち。


 魂に刻みつけられた恐怖と憎悪が、ふいに甦ることがあります。

 それは、あんな男に浮気されて婚約破棄されたからではないのに。

 その誤解を解く術がないのも、悔しい。あの男に、そんな価値はないわ。



 きっと、あの執事だって拷問にかけられたり、何かされていたに違いないのです。

 自分が投獄されたあとのことはわからないけれど。家を潰すために冤罪をでっち上げて、財産を横取りするなら、忠実な家人は邪魔だもの。

 隠し財産があるなら吐けと、執事を問い詰めるのは常道でしょう。



 死ぬ直前に、令嬢は神を呪いました。

 そこに悪魔が囁きかけました。

 そして、令嬢は神に唾を吐き、聖力をすべて使い切って、時間を一年ほど戻しました。



 今、令嬢は悪魔の手先なのです。

 もう聖力はひとかけらも残っておらず、魔力を行使しています。


 何も悪いことをしていないのに、助けてくれなかった神など、もう信じられません。

 牢屋の中で祈っても、一言も返ってこなかったのです。



 満を持して、領に壁を張り巡らせようとした日。

 今更としか言いようのないタイミングで、天使が現れました。神の遣いだそうです。

 王国を見捨てるなんてと、わたくしを言葉で責めます。


 「では、なぜ前回のわたくしを見捨てたのです?」

 天使は言葉に詰まりました。

 

 わたくしは、お前たちの僕ではない!




 悪魔と神は勢力争いをしているそうです。


 神は聖女を通して、この世に働きかける。

 悪魔は聖女を誘惑する。


 今回は令嬢が悪魔サイドに堕ちたので、悪魔の勝ちとなりました。


 神や神殿より、悪魔の方がよほど令嬢の心に寄り添ってくれます。

 困ったことがあれば相談に乗ってくれるし、意外と世話焼きでした。



 逆に、神はどうやって勝負するつもりなのでしょうね。

 陥れられないような立場に……ということで、王子の婚約者にしたなら、その後のフォローがなさすぎです。



 これから作る壁は、前回の生で令嬢を悪く言った者、処刑を喜んだ者は通さないようにするつもりです。

 魂の記憶で判別できるように術式を書けばいいので。

 その術式は、悪魔と一緒に編み出しました。

 そういう細かいケアをしてくれるのも、ありがたい。



 だから、国王が王子たちをあっさりと処刑したことが、本当に腹立たしいのです。

 せめて、自分が投獄された日数と同じくらいは、牢屋で暮らしてほしかった。

 貴族用ではなく、罪人用の牢屋で。



「無能は、やり直しても無能なのね。そんな国はどうやったって滅びる運命なんだわ」


 国王は令嬢が聖女だと、前からわかっていたはずです。

 ですが、息子の発言を否定したら王家の体面に傷がつくと考え、そのまま偽物としたのでしょう。

 それは裏切りです。

 令嬢にとってもそうですが、国民に対しての裏切りでもあります。


 そのあとに反省したと言って働かせ、再び貶めた。

 そんな人たちの口だけの謝罪に何の意味がありましょう。

 騙された方が悪いというのなら、二回目は騙されないようにするだけです。


 恩知らずには、そもそもの「恩」を与えない。

 聖女なら、どんなに傷つける言葉を吐かれても救ってくれるはず? 

 残念ながら、そんなに慈悲深くないので、聖女ではなくなりました。


 あら? 

 国王は、息子が聖女か否かを判別できないことには、気付いていなかったのかしら?

 自分の子どもじゃないと気付かずに、王子を謝罪のためにこちらに派遣した?

 いえ、あれは謝罪ではなく、「瘴気を払ってくれ」と頼みにきただけですね。自分の都合しか考えていない親子ですこと。

 血のつながりがあるかは知りませんが、そっくりです。



 もうすぐ瘴気に犯される人間など、どうだって構わないですね。


 瘴気に犯された人々は、時間をかけて悪魔に変わっていきます。

 あの国はもうすぐ悪魔の領域になるのです。

 それだけの話。

 生粋の悪魔が引っ越してきたら、ひよっこの悪魔なんか奴隷にされるかもしれませんね。


 威張っている国王が、悪魔たちにへこへこと媚びを売っているのを見たら、少しはすっきりするかしら。



 壁で隔てられてしまえば、向こう側のことなんかどうでもよくなるでしょう。


 死んだらわたくしの魂は悪魔の元に行くらしいけれど、死ぬまでは人間サイドで暮らしていいと言われています。

 せいぜい幸せに暮らして、神や天使に見せつけてやれと言われています。


 それから、新鮮な野菜や果物は、今のうちにたくさん食べておかないと。

 悪魔の国は、物が腐りやすいらしいですから。




 もう、善良な聖女の姿はありません。


11月20日加筆

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― 新着の感想 ―
物が腐りやすいのだけは残念ですなぁ…それを逆手に取って発酵食品文化が盛んになればいいのかな? ワインも味噌も醤油もみりんも発酵ですし…パン酵母も発酵と言えなくもない、かな?
そらそうなりますよねー、というお話でしたね… 神側は勝つ気あるんですかね?あるんだったらとんでもなく残念なオツムですね。オマケにほぼ終わってから「何で裏切った!」って言いに来るとか…(しかも直接言いに…
サタン教:神を信じるな、自分自身を信じろ
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