4)舞踏会2
レナは柵に肘をついたまま、青年をじっと見つめた。
エリオット・アーデルハイド。噂では「真面目で堅物」「融通が利かない」と散々な評価がついている相手だ。けれど、実際に対峙してみると――思っていたのと少し違った。
彼は飾り気のない視線を真っ直ぐに向け、揶揄も嘲笑もなく、ただ興味を込めて彼女を見ている。
それは貴族社会に生きるレナにとって、ひどく珍しい態度だった。
「ねえ」レナは小さく笑みを浮かべる。
「あなた、もしかして変わり者?」
「そうかもしれない」エリオットは即答する。
「だが、あなたも人のことを言えないだろう」
「ぐっ……たしかに」
思わず吹き出してしまう。
堅物だと思っていたのに、こんな返しをしてくるなんて。
レナはドレスの裾を軽く持ち上げ、テラスの石畳の上をくるりと回ってみせた。
夜風がスカートを揺らし、髪がほどける。
「舞踏会って、こうして抜け出して夜風に当たってる方がよっぽど気持ちいいのよ。大広間のあの息苦しさったらないわ」
「だが、皆はそれを『淑女の務め』と呼ぶ」
「ふふん。私には、似合わない言葉だわ」
挑むような笑みを向けると、エリオットの口元もわずかにほころんだ。
――ああ、やっぱり変わってる。
普通ならここで「身分をわきまえろ」と言われるはずなのに。
むしろ彼は、レナの奔放さを面白がっているように見える。
「エリオット様」
レナは軽くスカートを揺らし、彼に向かって一礼してみせる。
「次に私が抜け出すとき、あなたも一緒に来る?」
「抜け出す前提なのか」
「もちろん!」
明るく言い切ると、エリオットはしばし沈黙し、それから小さく肩をすくめた。
「……考えておこう」
その声音には、否定ではなく興味が滲んでいた。
ちょうどそのとき、扉の向こうから楽団の演奏が新たに始まる。
舞踏会の合図――貴族の娘としては、戻らねばならない時間だった。
レナは未練がましく夜空を見上げ、名残惜しそうに一歩を踏み出した。
「じゃあ、また中で会いましょう。……堅物さん」
「堅物ではない」
「えー、そうかしら?」
笑い声を残しながら、レナは軽やかに広間へ戻っていく。
エリオットはその後ろ姿を目で追い、心の中でふと呟いた。
(たしかに“お転婆令嬢”だ。だが――悪くない)
彼女の存在が、退屈な舞踏会を色づけていた。
それは彼にとってもまた、新たな物語の始まりを告げる鐘の音のように感じられたのだった。