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第十二話

カチ、カチ、カチ……

チク、タク、チク、タク……

シャラ、シャラ、シャラ……


時計の間に足を踏み入れた瞬間、狂ったような針音の交響楽。

しかし先ほどとは明らかに違う響きだった。

戦闘の余波で損傷を受けた時計たちが、今や不協和音を奏でている。

止まったままの振り子、傾いた文字盤、砕けたガラス面――

何度聞いても、気持ち悪い。


床には先ほど流れた血液が乾きかけた痕跡を残し、茶色く変色した染みが石材に食い込んでいる。

空気は重く澱み、硝煙の残り香と鉄錆の匂いが鼻を刺した。


俺は部屋を駆け抜けながら、意識を左腕の傷口に向けた。

この数分間で相当な血液を失っている。

頭が重く、足取りもふらつき始めていた。

それでも――傷口からの出血を意図的に集める。


流れる血液に魔力を込め、少しずつ空中に浮上させる。

液体が重力を無視して立ち上がり、俺の周囲をゆらゆらと漂い始めた。


その時――


「もう!逃げ足早いな~、鬼ごっこ楽しい?」


甘い声が背後から響いた。

振り返ると、運動場からの入り口にラトが立っている。

今度は息一つ乱していない。

散歩でもしてきたかのような、涼しげな表情。


「お兄さん、随分と血の色が悪いね〜。大丈夫?倒れちゃわない?」


心配するような口調だったが、その手に握られたリボルバーは確実に俺を狙っている。


「心配してくれてるんなら、見逃してくれてもいいんじゃないか?」


「え~それは無理だよ?バーン!」


――!


ラトが引き金を引いた瞬間、俺は既に血液を操作していた。


藤布ふじふ!」


周囲に漂わせていた血液が瞬時に収束し、弾丸の軌道上で盾を展開。

なんとか銃弾を盾で弾き返し続ける。

完全に防ぐのではなく、軌道を変えることで俺への直撃を回避する。

血液の節約を考えた、苦肉の策。

余裕がある時しかできないが、効果は十分だ。


キィン!


金属音が響き、弾丸が血の盾で弾かれて壁の時計に命中した。

古い掛け時計が粉々に砕け散り、歯車や針が床に降り注ぐ。

俺はその隙に、奥の扉へと駆け込んだ。

取っ手を掴み、勢いよく扉を開け放つ――


そして、再び書庫へと足を踏み入れた。


先ほどの激戦で散乱した古書の山が、床一面を埋め尽くしている。

千年の歳月を重ねた羊皮紙の写本が破れ散り、革装丁の魔術書が背表紙を割られて無残な姿を晒していた。

書棚から落下した書物たちが、石床に重なり合って小さな丘を形成している。


俺は即座に入ってきた扉を背にして、身を寄せる。

左腕から流れる血液を扉に塗りつけようとしたが……足りない。

薄く広がるだけで、とても扉全体を覆うには程遠い量。

数滴の血液が木材の表面で無力に広がり、すぐに乾燥し始める。


俺は躊躇なく革袋に手を突っ込んだ。

中瓶のコルクを引き抜き、惜しげもなく扉に叩きつける。

出血が足りないなら、貯蓄を使う他ない。


中瓶の血液を、これまでと同じように扉の隙間という隙間に染み込ませていく。

取っ手の周り、蝶番の部分、床との境目――

もはや慣れたものだ。


「血と肉は乾き降りて川の如く、強固なる渦とならん。縮織ちぢみおり!」


詠唱と共に血液が扉の強度を飛躍的に高めていく。

深紅の膜が損傷した木材を覆い、表面を血の装甲で補強。

だが――目視でも分かるほどに、この扉の損傷は深刻だった。


木材にはラトの銃弾によって開けられた穴が無数にあり、蹴りによる亀裂が縦横に走っている。

この扉は以前、ラトが何度も攻撃していた扉。

血液で強化したとはいえ、構造的な脆弱性は隠しようがない。


ドンッ!


背後から激しい衝撃音が響いた。

ラトの蹴りが扉を叩く音――

しかし今度は扉全体が軋むような不吉な音を立てる。

明らかに限界が近い。


「お兄さんって、本当にワンパターンだよね〜。こんなので楽しいの?素直にさ、諦めて死んだ方が楽だとおもうんだけどな~」


扉越しにラトの声が聞こえてくる。

楽しそうな響きの中に、ほんの少しだけ退屈そうな色合いが混じっていた。


ドンッ!ドンッ!


続けざまに蹴りが叩き込まれる。

一撃ごとに扉が大きく揺れ、蝶番の部分から微かな軋み音が漏れてくる。


「でも今度は前より脆そうだね〜。んじゃさっさと壊しちゃおうかな!」


もうこの扉には頼れない。

せいぜい数分――下手をすれば数十秒で突破されてしまうだろう。

それでも――その僅かな時間が、俺には必要だった。


俺は書庫の奥へと歩きながら、再び左腕の傷口に意識を集中させた。

出血の流量を調整し、石床に深紅の水溜まりを作っていく。

痛みが脳天まで突き抜けるが、今は血液という武器を確保することの方が重要だった。


流れ続ける血液に魔力を込め、少しずつ空中に浮上させる。

深紅の液体が重力に逆らって立ち上がり、俺の周囲をゆらゆらと漂い始めた。


ドンッ!――ミシミシッ!


扉の軋む音が次第に大きくなり、木材の繊維が限界を迎えているのが手に取るように分かった。

血で強化したはずの障壁が、ラトの執拗な攻撃の前に屈服しようとしている。


「ライラックショット!」


最後の一撃で扉が完全に崩壊した。

重い木材の破片が宙に舞い散り、血で強化したはずの障壁が無残にも粉々になっていく。

古書の埃が舞い上がり、破壊の轟音が書庫全体に響き渡った。


俺は即座に書庫の最奥にある扉へと駆け出した。

足元で古書のページが舞い踊り、散乱した魔術書を踏みつけながら必死に距離を稼ぐ。

背後でラトの軽やかな足音が近づいてくるのを感じながら、俺は最後の逃げ場へと向かった。


勢いよく扉を開け放つ。

そして集めていた血液と共に、隣の部屋へと身を躍らせた――


「……ふぅ」


俺は即座に宙に浮上させていた血液を、扉に向けて操作した。

深紅の液体が意思を持ったかのように蠢き、またも開け放たれた扉全体を覆い尽くしていく。


縮織ちぢみおり!」


再度、血で扉を強化し封鎖する。


その瞬間――

カチン。

乾いた金属音が響いた。


俺の全身に戦慄が走る。

この音は……聞き覚えがある。

嫌な予感が背筋を駆け上がった。


そうだ、この部屋は……


記憶が鮮明に蘇った。

ラトのドロップキックを受けて、俺が蹴り飛ばされて転がり込んだ部屋。

壁という壁に、百を超えそうな様々な形状の銃が整然と飾られている兵器庫。

武器庫――銃の間。


カチャリ、カチャリ。


音が次第に数を増していく。

四方八方から聞こえ来る、金属の擦れ合う不吉な調べ。

壁面に飾られた無数の銃が、次々と動き始めていた。

それぞれの銃の下には小さな魔法陣が刻まれており、青白い光を放っている。

魔術によって制御された、自律兵器の保管庫。

壁面を覆い尽くすほどの銃口が、まるで無数の黒い瞳のように俺を見下ろしていた。


「使うしか……ない!」


俺は反射的に革袋に手を伸ばした。

残された大瓶――最後の切り札となる血液の貯蔵。

嫌だが、備蓄だとか言ってる場合じゃない。

ここで使い切ってでも立ち向かわないと、ラトには勝てない。

俺は躊躇なく大瓶を石床に叩きつける。


ガラスの破砕音が武器庫に響く。

瓶は無数の破片となって飛び散り、中に蓄えられていた大量の血液が床に広がっていく。

三年間の採血の成果が、俺の足元で静かに波打った。


血織ちおり!」


血液が意思を持ったかのように蠢き始める。

深紅の液体が重力に逆らって宙に舞い上がり、俺の周囲を螺旋状に回転しながら上昇した。

赤い帯が幾重にも重なり合い、厚い防護壁を形成していく。

そして血の繭が完成した瞬間――


――!――!――!


爆音が武器庫を震わせた。

様々な口径の銃から一斉に放たれる弾丸の雨。

硝煙が立ち込め、火薬の匂いが鼻を刺す。


多種多様な弾丸が血の壁を叩き、赤い飛沫を四方八方に散らしていく。

空気を裂く音、金属の衝突音、そして硝煙の刺激臭。

弾丸が血液に埋もれ、その運動エネルギーを吸収されながら力を失っていく。


――!――!――!


しかし銃声が止むことはない。

武器庫全体が硝煙に包まれ、視界が白く霞んでいく。

血の繭は持ちこたえているが、徐々に薄くなってきているのが分かった。

このままでは、いずれ貫通されてしまう。


そのとき、俺は書庫との境に固着させた扉を思い出した。

あの扉は――まだ傷が付いていない。

ラトの攻撃を受けていない、無傷の扉。

血で強化すれば、ある程度の時間は保てるはずだ。


俺は血の繭を維持したまま、銃の間の奥へと向かった。

一歩、また一歩と前進する度に、血液が削られていく。

防護壁の厚みが確実に減少し、弾丸の衝撃がより直接的に伝わってくるようになった。

それでも俺は歯を食いしばって進み続ける。

奥の扉に辿り着いた瞬間、俺は取っ手を掴んで勢いよく扉を開け放った。

そして血の繭と共に、隣の部屋へと転がり込む。


すると―――

暖かな空気が俺を包み込んだ。


パチパチと薪の爆ぜる音が心地よく響き、琥珀色の炎が部屋全体を慈愛深く照らし出している。

足元には柔らかな絨毯が敷き詰められ、暖炉では薪が勢いよく燃え盛っていた。

ほのかに木の香りが漂い、壁面には雅やかな絵画が飾られている。

本棚には革装丁の書物が整然と並び、古き良き知の香りを静かに放っていた。


居間――

最初にラトと出会った、あの温かみのある空間。

先ほどまでの殺伐とした武器庫とは正反対の、心安らぐ聖域。


部屋の中央には、高級そうな赤いベルベットの椅子が静かに佇んでいる。

ラトが座っていた、あの椅子。

暖炉の炎に照らされて、深紅の布地が優雅な光沢を放っていた。


俺は即座に武器庫への扉を背にして身を寄せた。

血の繭を解除し、深紅の液体を扉全体に塗りつけていく。

何回強化すれば、いいんだか……。

面倒だがこの数秒が俺の命をつなぎとめている。


しかし――その前に。


俺は纏っていた血の繭の一部を操作し、腕の形に成形した。

その腕を操作し、開け放たれた扉の向こう――

武器庫の天井へと、向かわせる。


――!――!――!


絶え間ない銃声が響く中、血の腕は壁に飾られた銃の一つに到達する。

長い銃身を持つ、見慣れない形状の武器。

俺は血の腕に力を込める。

深紅の指先が銃の台座を掴み、引き剥がすように力を加えた。


ベキッ。


乾いた音と共に、銃が壁から外れた。

魔法陣の青白い光が消失し、自動制御が解除される。

血の腕がその銃を慎重に居間へと運んでくる――硝煙と弾丸の嵐をかいくぐりながら。


俺は血の腕を手元まで引き寄せ、その銃をキャッチした。

冷たい金属の感触が掌に伝わり、ずっしりとした重量感が腕に響く。

やはり――魔法陣から外れた今、この銃は自動で発砲することはない。

ただの鉄の塊として、俺の手の中で静寂を保っていた。


素早く残りの血液を扉に向けて操作する。


縮織ちぢみおり!」


ほんと人生でこれほど、この魔法を使ったことは無い。

詠唱と共に血液が扉の強度を飛躍的に高めた。

背後からの銃声が急激に遠ざかり、厚い石壁と血の装甲に遮られて微かな振動へと変わった。


暖炉の温かな光に包まれた居間で、俺は手にした銃を見つめた。

黒光りする金属の表面、精密に作られた機構、そして引き金の冷たい感触。


この銃で――


「さて――作戦実行と行くか」


俺の唇から、微かな呟きが漏れた。

暖炉の炎がパチパチと薪を爆ぜさせる音だけが響く静寂の中で、俺の表情に確信の色が宿る。


もしこれが上手くいけば――

ラトの『止針ノ兎刻ししんのとこく』を攻略できるかもしれない。



―――ドンッ!


扉が勢いよく蹴り破られ、重厚な木材の破片が宙に舞い散った。

血で強化されたはずの障壁が、兎人族の膂力の前に無残にも崩壊していく。

古雅な居間の静謐が破られ、硝煙と火薬の刺激的な芳香が暖炉の温もりに混じり合った。


「ふぅ~、やっと入れた〜。なかなか面倒な魔法だよ~」


ラトの愛らしい声が、破壊の轟音に続いて響いた。

兎耳がぴょこんと揺れ、琥珀色の瞳が楽しそうに輝いている。

紅白の縞模様の靴下に包まれた足が、石床を軽やかに踏みしめながら武器庫へと足を踏み入れた。


武器庫は――静寂に包まれている。

お兄さんを狙って一斉射撃を浴びせていた自動兵器たちが、完全に静止している。


「ちゃんと制御されてるようだね~。けど威力はやっぱり不十分かな~、このリボルバーくらいの威力になったら、あのお兄さんも貫けると思うんだけど……」


ラトは愛用のリボルバーを片手に、静寂に包まれた武器庫をゆっくりと見回した。

各々の銃が規則正しく壁面に配列され、静謐を保っている。

硝煙の残り香だけが、つい先ほどまでの激戦を物語っていた。


兎耳をぴょこんと動かしながら、琥珀色の瞳が武器庫の隅々まで探るように巡っていく。

リオお兄さんの姿は既にない。

おそらく居間の方へと逃げ込んだのであろう。

相変わらず逃げ足の早い――


「ん~、あれ?」


ラトの動きが止まった。

兎耳がぴくりと立ち上がり、琥珀色の瞳に困惑の色が浮かぶ。


壁面の一角――

そこには確かに銃が飾られていたはずの場所に、空虚な台座だけが残されていた。


「あれあれあれ~?」


愛らしい首を傾げながら、ラトはその台座に近づいた。

台座を詳しく観察すると、魔法陣の一部が無理矢理破壊されているのが見て取れる。

青白い魔力の残滓が微かに漂っているし……

無くなってるのはおかしい。

ってことは……


「お兄さん、銃持っていったんだ~。けど持っていく意味あるかな?」


ラトちゃんの固有魔術があれば、銃など効かない。

弾薬が脳天を貫こうが、心臓を狙おうが、ラトちゃんの体には到達しない。

なのに銃を奪っていくなんて、何のつもりなんだろ~?

まさか自殺でもするつもり?

ラトちゃんに殺されるなら、自分で死ぬ……だとか?


何それ面白くな~い。

いやいや……それならこんなに頑張って生き残ろうとするはずないか。

となるなら、やっぱり銃で何かしようとしてるんだろうな~。

なんだろう?

わかんな~い。


「けどけど~どうあがいても無理だよ~。ラトちゃんは無敵なんだから~。あははは」


静寂に包まれた武器庫で、彼女の笑い声が不気味に響いている。

ラトは愛らしく首を巡らせ、居間への扉を見やった。

しかし――扉は再び固く閉ざされていた。

先ほど破壊したはずの扉口に、新たなる血の封印が施されているのが見て取れる。

深紅の膜が木材を覆い、蛇のような筋が表面を這っていた。


「またか~」


薔薇色の唇が小さく尖り、兎耳がぺたりと寝そべる。

琥珀色の瞳に、ほんの少しばかり倦怠の色が宿った。


もう一回、あの回廊を巡って奇襲を仕掛けてもいいよね~。

運動場、寝室を経由して居間へと回り込み、リオお兄さんの虚を突く。

それはそれで、鬼ごっこのように愉しい時間となるかもしれない。


けれど―――


「これ以上、追いかけっこするのも面倒だな〜」


もしこの扉を完全に破壊すれば――

全ての扉が壊れることになる。

そうしたらラトちゃんを足止めする術は立たれるはず……。

足止めが無くなればラトちゃんが、お兄さんに追いつくのも容易い。

そしたら……今度こそラトちゃんの勝ちだ。


「しょうがないな~」


ラトは愛用のリボルバーを腰に戻し、扉へと歩み寄った。

紅白の縞模様の靴下に包まれた足が、硝煙の残り香漂う石床を軽やかに踏みしめる。

扉の前に立つと、ラトは右足を大きく振りかぶった。

血で強化された木材の表面に、深紅の筋が血管のように脈動している。

しかし、兎人族の膂力の前には、いかなる障壁も脆き葦に過ぎぬ。


ドンッ!


第一撃が扉を打ち据える。

重厚なる響きが武器庫に木霊し、血の膜が微かに震えた。

しかし扉は持ちこたえ、その威容を保ち続ける。


ドンッ!ドンッ!


続けざまに蹴りが叩き込まれる。

一撃ごとに扉が軋み、蝶番の部分から微かな軋み音が漏れてくる。

血で強化したはずの障壁が、次第にその限界を露呈し始めていた。


「頑固だな〜、この扉も〜」


ドンッ!――ミシミシッ!


遂に扉の軋む音が限界を告げ、木材の繊維が悲鳴を上げ始めた。

血で強化したはずの障壁が、ラトの執拗なる猛攻の前に屈服しようとしている。


「ライラックショット!」


魔力と言霊による、渾身の蹴り。

最後の一撃と共に、扉が完全なる崩壊を遂げた。

重厚なる木材の破片が宙に舞い散り、血の装甲が無残にも粉々になっていく。

古書の埃が舞い上がり、破壊の轟音が武器庫全体に響き渡った。


ラトは即座に愛用のリボルバーを抜き放ち、銃口を前方に構えた。

琥珀色の瞳が鋭く細められ、兎耳がぴょこんと警戒の色を示す。

破壊された扉口から、暖炉の温かな光が流れ込んできた。


居間――

薪の爆ぜる音が心地よく響き、琥珀色の炎が部屋全体を慈愛深く照らし出している。

足元には柔らかな絨毯が敷き詰められ、壁面には雅やかな絵画が静謐に佇んでいた。

ラベンダーと古書の芳香が微かに漂い、安らぎの空間を演出している。


ラトの視線が居間奥の扉―――寝室へと向けられた。

しかし――そこにリオお兄さんの姿はない。

扉は開け放たれているものの、向こう側に人影は見当たらなかった。


「ん~……」


兎耳をぴょこんと動かしながら、ラトは愛銃を構えたまま居間の中を見回した。

琥珀色の瞳が部屋の隅々まで探るように巡り、薔薇色の唇に微かな困惑が浮かぶ。

暖炉の陰、本棚の死角、絨毯の下――


しかし、どこにも逃げ込めるような場所は見当たらない。

紅白の縞模様の靴下に包まれた足が、柔らかな絨毯を無音で踏みしめていく。

ラトは警戒を怠ることなく、居間の中央――赤いベルベットの椅子へと歩みを進めた。

暖炉の炎に照らされて、深紅の布地が優雅な光沢を放っている。


その瞬間――


ガチャリ。


微かな金属音が響いた。

装填の音――銃に弾丸を込める、あの特徴的な響き。

冷たい鋼鉄が擦れ合う、戦闘への前奏曲。

ラトの兎耳がぴくりと立ち上がり、琥珀色の瞳が音の方向を捉えた。


視線を送ると――

居間と地図の間を隔てる扉は開け放たれており――

その奥の薄暗がりにリオお兄さんの姿があった。


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