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第3話 四月 黄昏 出会い

 高校二年の春、夏希はその絵に出会った。

 毎日変わらない通学路は、森に入って神社の境内を突っ切ると近道だ。

 今日は健太を躱しきれずに、無駄な人付き合いで帰りが遅くなったから、早く家に帰りたい。

 ただの時短。この時は、そんな感覚で森を抜けて神社を横切った。

 突っ切ろうと思った足が止まったのは、神社の境内に、まるで不似合いな男がいたからだ。


 一心不乱にスケッチブックに絵の具を塗りたくる。

 もう黄昏時で、手元なんかろくに見えていないだろうに。男の手は迷いなく筆を動かしている。

 何となく気になって、後ろから、遠巻きに覗き込んだ。

 春の夕暮れの、ちょっと湿気を含んだぼやけた茜空が、スケッチブックの中に閉じ込められていた。

 

(適当に絵具、塗ってるようにしか見えないのに。綺麗な空、綺麗な夕焼けだ)


 語彙力が少ない夏希の頭には、綺麗という言葉しか浮かばなかった。

 けれど、その絵には綺麗以上の色んな感情や色や情景が含まれているように思えた。

 ぼんやりと絵に見入っていたら、男が振り返った。


 ビクリと、肩が震えた。

 声も掛けずに勝手に覗き込んでいたのだから、不審がられても仕方がない。


 男は夏希と目が合うと、ニコリと笑んだ。

 その笑みは、男が描く絵に似て、綺麗で優しかった。


 思わず肩の力が抜けた。


「あの……綺麗な、空ですね」


 声をかけたら、男が意外そうな顔をした。

 だけど、次の瞬間には嬉しそうに笑った。


「ありがとう。空の絵を褒めてくれる人は、少ないんです。だから、嬉しいです」


 はにかんだ顔には照れが滲んで見えた。

 笑顔にも種類があるのだと、夏希はこの時、初めて意識した。


 それが、茅野結陽との出会いだった。


 それから、晴れた日の帰り道は神社を通るようにした。

 結陽には火曜日と金曜日に会える率が高かった。


「僕は、すぐそこの美大生なんですが、火曜と金曜は最後のコマの授業がないので、課外授業のつもりでここに来ているんですよ」


 そういえば、近所に美術大学があった。

 自分には無縁の世界だから、あまり意識しなかった。


「本当はね、もっと薄暗くてぼんやりした黄昏が好きなんです。けど、その時間だと、外で絵が描けないからね」


 だから、少し早い時間から来て、明るい空の絵も描くのだそうだ。


「俺も、空を眺めるのが好きです。空の色とか、雲の流れる様子とか。空ばっかり眺めていると、同級生には暇そうって思われますけど」


 やることがなくてぼんやりしているのではなく、空が見たくて眺めているのだが、あまり理解される趣味ではない。


「わかるなぁ。僕もね、何で空なんか描くんだって、よく言われるんです。同じ色の絵の具を塗りたくるだけだろって。練習には良いけど、何枚も描く絵じゃないって」

「空の色っていつも同じじゃないし、雲の形は変わるから。時間によっては空にグラデーションもかかるし、描ける絵は沢山あると思いますけど」


 特に夕方、昼の水色と夕の茜、その上から降りてくる夜の群青が重なる時間は、幻想的で美しい。

 ほんの一瞬、少し時間がズレたら見られない空を見付けられた時の感動は、計り知れない。


「夏希君は、本当によく空を見ているんですね。大好きだって伝わってきます」


 結陽が満面の笑みを見せた。

 照れくさくて、顔が熱くなる。思わず、目を逸らした。


「空の話ができる人、嬉しいなぁ。夏希君、僕と友達になりませんか?」

「良いんですか? 俺、絵とかよくわからないし、特に趣味とかもない、詰まらない人間ですけど」


 空を眺める以外に特に趣味がない。

 面白い話ができるわけでも、流行に詳しいわけでもない。


「夏希君の趣味は、空でしょ? 僕も空の絵を描くのが好きです。共通の話題があると、人は仲良くなれるらしいので、僕らは仲良くなれます」

「そう、ですね」


 結陽に友達と呼んでもらえたのが、酷くこそばゆくて嬉しかった。

 変わっていると揶揄われたことしかない空の話を笑わずに、楽しそうにしてくれる結陽が、夏希には新鮮で、特別に思えた。

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