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君が待ちわびる黄昏で  作者: 霞花怜(Ray)


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第18話 八月 処暑③

「こんな絵、見せられたら、そりゃ諦めらんねぇよな」


 頭の上で健太が息を吐いた。


「俺だって、どう対抗したらいいか、わかんねぇもん。泣いてる夏希、慰めるしかできねぇの、悔しいな」


 健太の顔が近付いて、夏希の目尻に口付けた。

 涙を吸い上げられて、びくりと体が震えた。


「けん……、……え?」


 後ろから強く体を引かれて、夏希の体が後ろに倒れた。

 転びそうになった体を、知っている温もりが支えた。


「……結、陽……さん?」


 もう一カ月近く会っていない結陽が夏希の体を抱き止めていた。

 その目が健太を睨んでいる。


「今更、出て来て、何の用? 夏希から本気で離れる覚悟でも、できたわけ? もう自分に関わるなってさ」


 健太が負けない目力で結陽を睨み返した。

 健太の言葉が、夏希の胸にずきりと刺さった。


「僕はあの時、君の言葉をちゃんと受け止められなかった。自分のことばかり考えていたって気が付けたのは、建優先輩のお陰。そのお陰で、健太君の言葉の意味にやっと気づいたよ」


 結陽の言葉の意味が夏希にはわからなかった。

 健太と結陽が話す機会なんて、いつあったんだろう。


「夏希君は、その程度じゃないよね」


 結陽が微笑んだ。

 その顔は何時も神社で見る、結陽の顔だ。


「今日の夏希君の姿を見て、決めた。夏希君は僕がもらうから、健太君にはあげられない」


 結陽が夏希を更に引き寄せて胸に抱いた。

 拘束するように強く抱く腕に、胸が甘く締まる。


「兄貴め、余計な事すんなよ」


 ぼやいた健太の向こう側で、建優がちゃっかりピースしている姿が目に入った。


「そういうことだから、健太は俺と一緒に帰ろうか。茅野、戸締りしっかりね。あと、個展は明日もあるから、ちゃんと出席してね」


 建優が健太の腕を引っ張って歩き出す。


「はぁ⁉ 話はまだ終わってねぇし! 俺だってそう簡単に夏希を諦めたりできねぇよ!」

「だよねぇ。小学校違うのに、その頃から好きだったもんねぇ」


 建優が、さらりと爆弾発言をした。

 家は近所だが学区が違ったから、健太とは小学校が違う。知り合ったのは中学一年の時だ。

 健太から声をかけてきたのをきっかけに友達になった。


「うるせぇな! 放っとけよ! 兄貴はこれ以上、余計なコト言うな!」


 健太が珍しく顔を赤くして、いきり立っている。


「そんな感じだから、夏希君。これからも健太と良いお友達でいてやってくれる?」


 建優にそんな風に言われてしまうと、否とは言えない。


(健太のお兄さんて、昔からこんな感じだ。勢いがありすぎる健太にブレーキかけてくれる)


 バランスの良い兄弟だと思う。


「俺にとっても健太は大事な友達だから。暑苦しくて鬱陶しくて、元気すぎて付いていけない時あるけど。頼りになるし優しいのも、知ってる」


 今日だって、何のかんのと夏希を個展まで連れてきてくれた。

 申し訳ないし、有難い。


「夏希、俺のこと、そんな風に思ってたのかよ。嬉しいっつーか、悲しくなるんだけど」

「ごめん。俺、健太ほど活力ないから、眩しすぎる時ある」

「あぁ、そうかよ」


 健太が諦めたように息を吐いた。

 流石に申し訳なくて、どうしたものかと慌てた。


「じゃぁ、活力ソコソコの茅野先生と恋人にでも、なってたらいーんじゃねぇの。けど、気まぐれで別れたら、その時は俺が貰うぜ。別れなくても、次また夏希を泣かせたら、今度こそ返さねぇからな」


 健太が結陽に、びしっと言い切った。

 こういうところが男らしいし、眩しい。世間ではきっと格好良いというのだろうと思う。


「泣かせないし、手放さない。夏希君がいないと僕は、満足に絵も描けない。夏希君のことばかり考えて、何もできなくなる」


 結陽が夏希の髪に頬擦りした。


「だから、ありがとう。健太君がいなかったら、僕は自分の気持ちに嘘を吐いて、手放してはいけない宝物を捨ててしまうところだった。感謝してるよ」


 結陽に微笑まれて、健太がぐっと言葉を飲んだ。


「大人の階段、昇れて良かったね、健太。お昼、奢ってあげるから、帰ろうか」


 建優が健太の背中を撫でた。


「健太、ありがとう! また学校で!」


 夏希の声に、健太がちらりと振り返った。


「その前に、宿題、一緒にやれ。また連絡すっから」

「うん、やる! 俺もまだ、終わってない」


 健太が、ちょっとだけ笑った。

 その顔に、夏希も少しだけ、安堵した。

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