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君が待ちわびる黄昏で  作者: 霞花怜(Ray)


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第14話 八月 浮雲の空②

 健太が、あからさまに舌打ちした。


「あんたさ、自分が今、どんな顔してるか、わかってる?」

「……へ?」


 健太がアトリエの中をぐるりと見回した。


「描いてる絵も、その顔も、未練垂れ流しすぎ。わかりやすすぎ」


 それも、反論できない。

 個展に向けて描いた絵のほとんどが夏希と、夏希が好きな空をモチーフにした絵だ。

 自分でも未練がましいと思う。


「俺、将来は兄貴みたいな芸術家じゃなくて、親父の経営を継ぐ予定なんだよね。だから仕事の話も多少、今から勉強してる」

「そうなんですね。向いていそうです」


 兄の建優は名前の通り優しい芸術家肌の人だ。

 はっきりした物言いをする健太のほうが、経営には向いていそうだ。


「あんたの事情、全部知ってるわけじゃないけどさ。親父から、関東に来た経緯は多少、聞いてるよ」


 ドクリと、心臓が下がった。

 嫌な汗が背中を伝う。


「他人様の個人的な事情だし、当然夏希には話してない。引き合いに出す気もねぇけど、もしその事情が夏希を振った理由と関係あるなら、許せねぇと思っただけ」

「許せない……?」


 和歌山にいた頃の、あの時の事件を、健太に許せないなどと言われる筋合いはない。

 あれは結陽とって、忘れたくても忘れられない、消せない汚点だ。


「夏希をその程度だと思ってる奴には渡さねぇ。夏希のファーストキス奪ったのは、俺だから」

「やっぱり、君ですか」


 結陽の中に、じんわりと怒りが湧き上がった。

 あの雨の日、夏希に話を聞いた時と同じだ。自分では抑えきれない感情が湧き上がって、夏希に告白してキスした。

 他の男に先に奪われたのが悔しくて、唇を奪わずにはいられなかった。


(僕に、こんな感情を抱く資格はない。僕は自分から夏希君を遠ざけたんだから)


 何とか気持を抑えて、結陽は顔を上げた。


「なら君が、夏希君を幸せにしてあげてください。夏希君の側に、彼を想ってくれる人がいて、良かった」

「思ってもいないコト、言うなよ」


 間髪入れずに全否定されて、結陽は言葉を失った。


「芸術家って、みんな顔に出やすいんかね。その割、気持ちを隠したがる。うちの兄貴も、そうなんだよね。嘘つきたいなら、上手に嘘つく練習したほうがいいよ」


 トドメを刺されたような気持になって、結陽は黙り込んだ。


「まぁでも、アンタが何もしないなら、俺は夏希を奪い易いけどね。今の夏希、弱ってるから、優しくしたらすぐに靡くかも」

「そんな言い方っ。君は夏希君を好きなんじゃないんですか。大事にする気はないんですか」


 少し棘のある言い方をした。

 苛々しているのは、自分でもわかるが、止められない。


「大事にするよ。少なくとも今のアンタよりは大事に出来る。夏希も俺を信頼してる」


 健太が、ぴらりと紙を出した。

 結陽の個展のチケットだ。


「それ……」


 恐らく、結陽が夏希に渡したチケットだ。

 夏希に渡したのは一般来場チケットではなく、特別来場分だ。枚数も限られる。

 

(東野理事長の息子さんなら持っている可能性は高いけど、きっと違う。あのチケットの色は、僕が会場にいる日限定の分だから)


 特別来場分の中でも更に枚数が少ない、本人だけが捌ける枚数限定のチケットだった。


「夏希がくれた。夏休みに絵画展デートしようって。二人で遊びに行くから、接待よろしく、茅野センセ」


 健太がニヤリと笑む。

 悔しいと思ってしまう自分自身に嫌気がさした。


「二人で出かけるなら、何も僕の個展に来なくても。他にいくらでも遊べる場所があるのではないですか?」

「仕方ねぇじゃん、夏希が行きたいっていうんだから。付き合うのも優しさだろ」


 結陽は、ぐっと息を飲んだ。


「二十三日、二人で行くからさ。人払いして待っててよ。先生の本気が見られるの、楽しみにしているからさ」


 健太が結陽に背を向けた。


「君は、何がしたいんですか? 僕は夏希君を諦めると伝えました。今更こんな、かき乱すような真似をして、楽しいですか?」


 背を向けた健太が、アトリエ内の絵を流し見た。

 一枚の絵に歩み寄り、目を落とした。


「本気で諦めたんなら、絡みになんか来ねぇよ。アンタが中途半端にしてるから、俺が完膚なきまでに引導渡してやろうとしてんの。俺の大事な夏希を泣かせたんだ。後始末まで責任取れよ」


 健太の指が絵に伸びる。

 輪郭を辿るように宙を動いた手が、離れた。


「この絵を見れば、アンタがどれだけ夏希を好きか、よくわかる。俺の知らない夏希を、アンタは知ってる」

「え?」


 小さな声で零れた言葉が意外過ぎて、上手く理解できなかった。


「だから、消えるんなら夏希が未練、残さねぇくらい完璧に振れよ。その後は、もう二度と夏希の前に現れんな」


 結陽をひと睨みして、健太が部屋から出て行った。

 ぴしゃりと締まった扉を見詰める。


「僕は……」


 過去や今や、先々、色んな思いが錯綜する。

 結陽は頭を抱えて、蹲った。

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