第11話 八月 残暑①
ほとんど一方的なサヨナラを告げられてから、二週間ほどが過ぎた。
あれから神社には足を運んでいない。
折角、交換した連絡先にも、連絡できないでいた。
(拒否られてたら立ち直れない。そもそも個展の準備で忙しくて、俺なんか相手にしている暇、ないよな)
そう考えて、自分の気持ちを誤魔化した。
学校は既に夏休みだ。
しかし今日は、図書委員の当番で学校に来ていた。
夏休み中も部活動や課外学習で学校が空になることはない。その間も図書室は開いているので、持ち回りで窓口担当が回ってくる。
ただ座っているだけでやることがないので、読書しているかスマホを見ているか。どちらにしろ時間の無駄感が半端ない。
小さな窓の向こうの空を眺めて、夏希はぼんやりした。
(ムカつくくらい、夏の空。今の俺にはそんな活力ない)
混じりけのない濃い青も、分厚い白い雲も、力強すぎて逆に気力を持っていかれる。
「おい、この本、返却」
ぽん、と本で頭を叩かれた。
見上げたら、健太が立っていた。
「あ……、うん」
あの告白以降、健太ともぎくしゃくしている。
健太は無駄に夏希を誘ってこなくなった。断る面倒がなくていいが、原因を考えると素直に喜べない。
(俺もまだ、ちゃんと謝ってないもんな)
返却作業をしながら夏希は健太を、ちらりと見上げた。
「あのさ、東野。今、時間ある?」
「何だよ、東野って」
中学からの流れで普段は健太と呼んでいるが、この状況で名前を呼ぶのは気まずい。
「まぁ、いいけど。あるよ。何?」
「ちょっと、こっち」
夏希は図書の控室に健太を引っ張り込んだ。
「お前、俺のコト、こんな場所に連れ込んでいいの? またキスされるかもよ?」
全く笑っていない顔で、笑えない冗談を健太が言った。
「それは、嫌だけど」
「嫌なのかよ」
ちょっとムッとして、健太を睨んだ。
「好きじゃない奴にキスされんのは、嫌だろ」
今度は健太が何も言えずに黙った。
「別に健太が男だからとか、そういうんじゃない。健太にキスされて、俺も自分の気持ち、自覚したし……。いや、今はそうじゃなくて」
夏希は健太に向かって頭を下げた。
「ダメだとか無理だとか、酷い言い方して、ごめん! あの時は、自分のことしか考えてなくて。別に健太を否定したわけじゃない」
「じゃぁ、どういう意味だよ。つか、どんな意味でも、俺が傷付く未来しかねぇ気がするけど」
仰る通りすぎて、言葉が出ない。
「好意を、持ってもらえるのは、素直に嬉しい。友達としてなら、いられるけど、俺は健太の気持ちに応えらんないし。でも、他に言い方があったって思って」
言いながら、夏希は結陽の言葉を思い出していた。
(あれ? 俺、今、結陽さんと同じこと、言ってないか?)
健太のことは嫌いではない。ちょっと鬱陶しいだけだ。
結陽を想っている夏希は、健太の気持ちには応えられない。
無駄に傷付けたかったわけではない。
それを伝えたかっただけなのに。
(つまり、結陽さんには、他に好きな人がいるってことなのか?)
背中に冷たい汗が流れた。
健太が息を吐く気配がした。夏希は顔を上げた。
「俺が今まで告んなかったのは、お前がノンケだと思ってたからだよ。けど、あの男といる時のお前は、どう見ても恋してたし。何かいい雰囲気で上手くいきそうだし? ずっと好きだった俺が焦るのは普通だろ」
健太が眉間に皺を寄せて渋い顔をした。
「けど、キスしたのは流石にやり過ぎだった。もしかしたらだけど、夏希、初めて、だったりした、よな?」
夏希は俯いたまま頷いた。
恥ずかしくて顔が上げられない。
健太の手が夏希の顎を撫でた。ドキリとして咄嗟に顔を上げた。
「夏希のファーストキス奪えたのは嬉しいけど、それでお前に恨まれんのは、嫌だし。アイツとはもう、キスしたの?」
雷雨の日に結陽からされたキスを思い出して、また顔が熱くなった。
健太が盛大に息を吐いた。
「結局、上手くいったのかよ。全部、俺のお陰なんじゃね? 感謝しろよな」
「……上手く、いってない。フラれた」
「は?」
とても小さな声で伝えたのに、健太がとても大きな一言を発した。
「いやいや、つい最近まで神社デートしてただろ。何でだよ」
「見てたのかよ」
「通学路なんだから、仕方ねぇだろ。俺だって今更、見たくねぇよ。つか、俺が通ったの気付けよ。気が付かねぇほど、アイツしか見えてなかったんだろ?」
夏希はフルフルと首を振った。
「好きだけど、恋人にはなれないって。友達でいたいって。俺、結陽さんにも酷いコト、言っちゃって」
思い返したら、ボロボロと涙が流れた。
「ちょっ、泣くなよ。ホラ、ハンカチ」
健太がタオル地のハンカチを貸してくれた。
それを目に押し当てる。