第1話 高校二年 初夏
黄昏時、真っ暗闇より薄暗くて、ほんの少し明るい影を伸ばす君の背中。
その背中には、黄昏にしか会えない。
だから、もしかしたら幽霊なんじゃないかって、本当は思っていたんだ。
空の色が薄らとぼやけている。
春の空は淡い水色に淡い雲が浮かぶ。棚引く雲の隙間に浮かぶ水色は湿気を含んで見える。
夏に向かうにつれ、湿気が消えて、空の色がはっきりと青くなる。
そういう変化を眺めるのが、夏希は好きだ。
もっとも、そういう趣味はあまり周囲には理解されない。
アイツ、ぼーっとしてんな。としか思われない。
「夏希ぃ! 隣の公園に来てるキッチンカーのクレープ、食べに行かねぇ?」
後ろからかかった声に、夏希は怠そうに振り返った。
「ごめん、パス。お腹空いてない。あと、用事ある」
「なんだよ、ノリ悪ぃなぁ。時々には来いよ」
ポンポンを頭を撫でられて、ちょっと不快になる。
中学から一緒の東野健太は明るくて、常に元気で、夏希に言わせれば鬱陶しい。
愛想よくしているつもりもないのに絡んでくるから、余計に面倒くさい。
「時々には行くよ。今日は本当に用事があるんだ」
遠くの空を眺めながら、夏希は呟くように返事した。
「ふぅん。わかった。じゃ、またな」
思ったよりあっさり諦めて、健太が友達の元に戻った。
「早く行こうよ、健太。つか、なんでいつも鳴瀬君、誘うの?」
友達らしい女子に聞かれている質問は、もっともだ。
夏希も同じように不思議に思う。
「中学からの腐れ縁、だっけ? 誘っても絶対来ねぇじゃん」
もう一人の友達らしい男子が健太に問い掛ける。
夏希は知らない顔だから、他のクラスなんだろう。
「絶対じゃねぇよ。時々には遊んでるぜ。何回も誘わねぇと夏希の気が向かないだけ」
「何それ。そこまでして誘う意味ある?」
「健太、友達多いんだから、構わなくていんじゃね?」
全くその通りだ。
陽キャの健太が陰キャの夏希に声をかけてくる理由が知れない。
「俺が構いてぇの。話してぇだけ」
「一人でいるの、可哀想的な?」
「鳴瀬ってカースト最下位の陰キャじゃん。相手にする意味ないって」
そんな話をしながら、健太が取り巻きの友達と教室を出て行った。
(カーストとか、興味ないけどな。他人にどう思われようと構わないけど、そういうの面倒くさい)
小さく息を吐いて、夏希はバッグを持って教室を出た。