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第4話

 引っ越し当日。


「うおぉぉ……すげぇ」


 鬼塚さんが手配してくれた新居は俺のワンルームとは比べ物にならないくらい立派だった。

 庭付きの豪邸である。場所間違ったかな。


「どうじゃ? 気に入ったか?」


 後ろから鬼塚さんの声がする。今日は幼女様バージョンだ。


「気に入ったも何も……こんな良い部屋、俺が住んでいいんですか?」

「当然じゃ。おぬしは竜人ゆえ、少しばかり肉体が強すぎてな。それに見合った環境を用意するのは当たり前のことよ」


 そう言いながら鬼塚さんは部屋の中を見回している。


「そうそう、配信用の部屋もちゃんと確保してあるぞ。防音もバッチリじゃ」


 案内された部屋には最新の配信機材が一式揃っていた。

 高性能カメラ、プロ仕様のマイク、照明機器、そして大型モニター。


「うわあ……これ全部俺が使うんですか?」

「そうじゃ。機材の使い方が分からなければ枝松に聞けばよい。あやつ意外と機械に詳しいのでな」


 確かに枝松さんは荷物の搬入中、機材の接続作業をテキパキとこなしていた。見た目によらず器用なんだな。


「ところで鬼塚さん」

「なんじゃ?」

「俺一人でこんな広い部屋、持て余しちゃいそうなんですけど……」


 言いかけたところで鬼塚さんが振り返る。


「実はのう……儂も一緒に住もうと思っておるのじゃが、どうかな?」

「え?」

「エージェント業も長いことやっておってな。少し疲れてしまったのじゃ。おぬしの世話をしながら、のんびりと過ごしたいと思っておる」


 そんな大御所が俺の世話って……いいのか?


「でも鬼塚さんほどの方が俺なんかの……」

「なんの。儂も一人では寂しいのでな。それに」


 鬼塚さんがにっこりと笑う。


「家事は得意なのじゃよ。身の回りのことは儂が面倒を見てやろう」


 そう言われて断る理由もない。というか断れない。

 こんなにうるうるとした瞳で見られては断った時の罪悪感が。


「では、お言葉に甘えて……」

「うむ! よろしく頼むぞ、史郎」


 久々に史郎……下の名前で呼ばれた。なんだか照れくさい。




 ******




 引っ越し作業が終わり、枝松さんが帰った後。

 俺と鬼塚さんは新しいリビングのソファに座っていた。


「あー疲れた。物が少なくてもやっぱ引っ越しって大変だな」

「お疲れ様じゃった。とりあえず今日は軽く済ませるかの」


 鬼塚さんがキッチンに向かう。


「何か手伝いましょうか?」

「いやいや、座っておれ。すぐに作るからの」


 キッチンから包丁の音が聞こえてくる。

 リズミカルで無駄のない音だ。かなり手慣れている。


「できたぞー」


 テーブルに並べられた料理を見て俺は絶句した。


「え……これ手作りですよね?」


 上品に盛り付けられた前菜、メインの肉料理、彩り豊かなサラダ、風味豊かなスープ。

 まるで高級レストランのコース料理のような完成度だった。


「当然手作りじゃ。冷凍食品もよいが、そればかりに頼っておれんからの」


 一口食べてみる。


「うま……うますぎる……」


 これはヤバい。プロ級の腕前だ。

 俺の今までの自炊生活は何だったんだろうか。


「喜んでもらえて何よりじゃ。明日からは栄養バランスも考えてもっとちゃんとしたものを作ってやろう」

「こ、これ以上ちゃんとしたものって……」


 鬼塚さんの家事スキルは想像を超えていた。

 しかも嬉しそうに俺の反応を見ている。まるで新妻のような……


「あの、鬼塚さん」

「なんじゃ?」

「その、こんなに申し訳ないというか」

「気にするでない。儂は人の世話をするのが好きなのじゃ。特におぬしのようなかわ……うつく……まあ支えになれるなら本望よ」


 そう言って微笑む鬼塚さん。本音が漏れだしていたような気もするが気のせいかもしれない。

 それにしてもこの包容力。さすが縄文時代から生きている吸血鬼さんだ。


「ありがとうございます。俺、頑張ります」

「うむ。期待しておるぞ」




 ******




 翌日。


「で、今日はどちらへ?」


 車の助手席で鬼塚さんに尋ねる。今日は大人の姿だった。

 運転は枝松さんがしている。相変わらず黒服だ。


「身体能力の測定じゃ。おぬしがどの程度の力を持っているか調べる必要がある」

「身体測定みたいなものですか?」

「そんなところじゃな。ただし、普通の身体測定とは少し違うがの」


 車を走らせると、大きな建物が見えてきた。

 看板には「第三研究施設」と書かれている。


「研究施設……」

「異種族の研究を行っている施設じゃ。今日は特別に使わせてもらっておる」


 車を降りて建物の中に入ると、白衣を着た研究者らしい人たちが迎えてくれた。


「鬼塚さん、お疲れ様です」

「うむ。今日はよろしく頼む。こちらが例の竜人じゃ」

「初めまして。田中と申します」


 田中さんは30代くらいの男性研究者だった。


「こちらこそ、よろしくお願いします」

「それでは早速始めましょうか。まずは基本的な身体測定から」


 身長、体重、握力、肺活量……

 一通りの測定が終わると田中さんが数値を確認している。


「うーん……全て一般男性の平均を大きく上回っていますね」

「どのくらい?」

「おおよそ6倍程度でしょうか。これは予想以上です」


 6倍って……そんなに?


「竜人の身体能力は予想以上に高いようですね。では次の測定に移りましょう」


 次に案内されたのは体育館のような広いスペースだった。


「ここで走力と跳躍力を測定します」


 100メートル走では人間離れした速さを記録し、立ち幅跳びでは驚異的な距離を跳んでしまった。


「すごいですね……これは予想以上です」


 田中さんが興奮気味に数値を記録している。


「次は持続力の測定です。このトレッドミルで走ってください」


 トレッドミルに乗って走り始める。

 最初はゆっくりだったが、だんだんスピードが上がっていく。

 しかし……


「疲れませんか?」

「全然大丈夫です」


 実際、息も上がっていない。

 普通に散歩している感覚だ。


「驚異的ですね……人間なら既に限界のはずなのに」


 結局かなり長時間走り続けても疲労感はほとんどなかった。


「これはなかなか、凄まじいですね」


 田中さんが震え声で呟いている。


「どうかしました?」

「竜人の身体能力は我々の想像を遥かに超えています。これだけの能力があれば……」

「あれば?」


 田中さんが鬼塚さんの方を見る。


「……鬼塚さん、この方は一体どの系統の竜人なんでしょうか?」

「それが分からんのじゃ。血筋を辿ろうにも手がかりが少なくてな」

「しかし、これほどの能力となると……まさか」

「何か心当たりがあるのか?」


 田中さんが資料を取り出す。


「眉唾モノではありますが、古い文献にこんな記述があります。『太陽の如き瞳、翡翠の息吹の血を引く者、その力は計り知れず』と。これは他の頁を読むと分かるのですが数種いる竜人の始祖の内、一柱を示す文言です」


 ぱたりと本を閉じ、こちらを真剣な表情で見る田中さん。


「鈴木さんが持つ瞳の色がちょうど太陽の瞳と合致している。かなり希少な竜の血を引いているのかもしれません」

「でも俺、普通の人間として生きてきたんですけど……」

「血が覚醒するまでは眠っていたのでしょう。しかし、一度覚醒すれば……」


 田中さんの眉間のしわがより一層深まる。


「史郎くん、君は非常に貴重な存在です。研究対象として……いえ、保護対象として」


 今この人、研究対象って言った? 解剖とかされないよね?


「これだけの能力を持つ竜人は滅多にいません。悪用されるのを防ぐためにも、しっかりとした管理が必要です」


 鬼塚さんが口を開く。


「それについては儂が責任を持つ。史郎はただの配信者として普通に生活させてやりたいのでな」

「吸血鬼の始祖である鬼塚さんが言うのであれば信頼できますね。分かりました。でも定期的な検査は必要です。能力の変化を確認する必要がありますから」

「それは構わん」


 測定はまだ続くようだが、もう十分衝撃的な結果が出ている。

 話を聞いている限り、現存する普通の竜人とはなにやら違うようだ。普通の竜人とは?


「では、最後に特殊能力の測定と……こちらを試してみてください」


 田中さんが案内したのは、巨大なパンチングマシンだった。

 普通のものよりもかなり頑丈そうに見える。


「これは異種族用の超高耐久パンチングマシンです。通常の機械では壊れてしまうことがあるので、特別に強化されています」

「パンチングマシンですか」

「軽く試してみてください。全力を出す必要はありません」


 言われるままに軽くパンチを入れてみる。

 ドゴォン!

 かなり大きな音が響いた。


「お、おお……」


 田中さんが数値を確認している。


「これでも軽くですか?」

「はい、軽くです」

「では……もう少し力を入れてみてもらえますか?」

「分かりました」


 今度は少し力を込めてパンチを打つ。

 ドガァン!

 さっきよりも大きな音が響く。


「すごい……この数値は……」


 田中さんが興奮している。


「本気を出したらどうなるんでしょうか」

「本気ですか?」

「いえ、冗談です。この機械でも危ないかもしれません」


 しかし、鬼塚さんが口を開く。


「史郎よ、本気でやってみてもよいぞ。どの程度の力があるのか、儂も興味がある」

「でも、機械が」

「壊れても構わん。費用は儂が払う。それだけの価値がある測定じゃ」


 田中さんも頷く。


「分かりました。安全な距離まで下がります」


 研究者たちが機械から離れる。


「では……本気で行きます」


 全身に力を込める。

 すると、眼がうっすらと輝き始め、口から翡翠色の息が漏れ出した。


「うおっ!?」


 田中さんたちが驚きの声を上げる。


「これが竜人の本気……」


 そして俺はパンチングマシンに向かって拳を放った。

 ドォォォォン!!

 轟音と共に……





面白いと感じていただけましたらブクマ、評価よろしくお願いします。


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