第1話
「こんな感じか? 見えてる?」
視聴者数2人。
【見えてる】
【うお、むね……】
配信のプレビュー画面に映っているのは長い髪の毛と肌色。
「カメラはオッケーね。あれ、コメント読み上げてくれてない。設定間違ってたか」
マウスのクリック音とキーボードを叩く音が鳴ること数分。
「これでどうよ」
【テスト】
【テステス】
機械音声がコメントを読み上げた。
「よしよし……じゃ、そろそろ定位置に座って、よいしょ」
カメラのピントが徐々に合っていく。
【顔映ってるけど大丈夫なの?】
「はい配信始めますよーっと。顔? 大丈夫じゃないかな」
【ならいいけど】
【顔出しとは勇気あるな】
配信画面に映る美少女。
艶のある漆黒の髪。その中に混じっている翡翠色の房が独特な雰囲気を醸し出している。
「髪の毛が長くてちょいちょい掻き分けるけど許してくれ」
たらりと髪が目を隠すように垂れ下がるのを手で軽く流す。すると、橙色の瞳が現れる。
【ぬお、すっげえ美人】
【目はカラコン?】
「いんや自前だよ。朝からこんな見た目になっちゃったんだよね」
【自前で縦長の瞳孔……】
【昨日からとは】
「元々男だっただけど朝起きたらこうなってた」
【なんてファンタジー】
【うっそだろ】
【ガチなん?】
視聴者数3人。
「お、いらっしゃい。君で3人目だね」
どうやら3人とも信じてなさそうだ。ここはひとつ、配信を始めるまでに分かったことをお披露目しよう。
「男から女になったのもそうなんだけど、こんなのも出るようになった」
「ふん!」と俺が力を籠めると頭部と尾てい骨のあたりから青白い角と尻尾が生えてきた。
【なんじゃそりゃ】
【CG?】
【こんなしょぼいカメラと配信画面でCGは考えづらい】
「尻尾はこんな風に結構動かせる」
尻尾だけをぶんぶんと振り回し、腰に巻く。
「角はちょっとひんやりしてて気持ちいいんだ。ちょっと金属っぽい感じの触り心地」
【ゲームとか漫画で見る竜人みたいだな】
【属性盛り過ぎだろ】
【女体化、美少女、角、尻尾……あとは瞳孔が猫っぽい】
「そうそう、瞳孔が違うんよ。鏡見たら怖くてびっくりした」
【こんにちは】
「はい、こんにちは」
視聴者数4人。
【すごく綺麗ですね】
「おう、ありがとう。元々パッとしない見た目だったから言われ慣れてないんだよなー」
【かなり衝撃的案件なんだけどさ、そのわりに視聴者少なくね?】
【まあタイトルがな】
【タイトルがね】
【タイトル……ですね】
「いやー初めてで勝手が分からなくて……どんなタイトルがいいのか」
本日初配信。タイトルの付け方もよくわからず【雑談】とだけ入力した。
なんなら配信機材は全部安物のノートPC、ウェブカメラ、ヘッドセットだけだ。ノートPC以外は在宅ワーク用に購入したものなので配信用途で使う予定はなかったのだ。許してくれ。
【TS竜人娘見たい奴は集合、とか】
【女の子になっちゃった、とか】
【悲報 俺氏、女体化してしまう、とか】
「君たち尖り過ぎじゃない?」
【こんなもんだぞ】
【なんならもっと誇張されるまである】
【大げさなくらいがちょうどいい】
【最近の配信コンテンツは魔境ですからね】
「マジかよ。世の中どうなってんだ」
もう終わりだね。この世界。
とりあえず配信のタイトルはコメントの中から選ぶことにした。
「じゃあこの【TS竜人娘見たい奴は集合】にするか」
早速、配信編集画面からタイトルを変更し、更新ボタンをクリック。
「おー、変わった変わった」
【音質悪いな。ま、これは追々だな】
【カメラも解像度低いよね】
「タイトルの次は機材か。容赦ないね君たちは」
にっこりと微笑んでいるが、内心少しだけ悔しい。もう少し調べてから始めるべきだったか。
【だって声すごく良いのに勿体ないじゃん】
【顔の良さにカメラが追いついてない】
【ほんとそれな】
【ほんとですよ】
「ちょ、急に褒めるな」
こやつら辛辣かと思ったら俺のために指摘してくれてたのか。
視聴者9人。
「おお、いつの間にか9人に増えてる。タイトルって大事なんだな」
【サムネイルに女性が映っていたので】
【こんにちは】
【平日昼から配信していると聞いて】
「ぐっ、平日昼から配信してるのは理由があってだな」
【ほう】
【聞かせてもらおうか】
【理由とは】
「少し前に会社が倒産して無職になったんだよ。そこそこ貯金してたから今のところは問題ないんだけど」
【マジか】
【思ったより重かった】
【貯金してて偉い】
【つーかそんな状態で女体化するのはやばくね?】
【身分証明とか】
「ほんとだよ。どうすんだこれ」
人生最大の危機。身分証明問題。
今まで使っていた運転免許証の顔写真と見た目が違い過ぎる。
「これじゃ顔が良いのと角と尻尾だけが取り柄の美少女でしかないんだが」
【自虐風自慢やめてw】
【取り柄がデカすぎる】
【それって本物?】
【ずっと気になってた】
【角と尻尾ってCGじゃないの?】
「本物だよ。ほれほれ」
角を軽くコンコンと指で叩き、尻尾を両腕で抱え込んで軽くぱんぱんと叩く。
「後は……こうひふのもあふよ」
口の端を指で引っ張り、犬歯よりも大きい牙を見せる。
【すっげ、めっちゃリアル】
【牙でっか】
【え、顔良過ぎ】
【解像度低いの勿体ないなマジで】
「なんか自己肯定感上がってきた」
【よかったな】
【えらいぞー】
【倒産からの無職って聞くとめっちゃ甘やかしたくなるわ】
【甘やかしていいぞ】
【で、これからどうすんのよ】
「おっと、脱線しちゃったな。どうしようね、これから」
視聴者と相談しながらあーでもない、こーでもないと2時間ほど雑談しているとインターホンが鳴った。
「すまんな。ちょっと出てくるわ」
音声をミュートに設定する。
それからどたどたと玄関まで行く。
「はい、どちらさまでしょ……え?」