四者四様(よんしゃしよう)
私ねぇ。
常々、幽霊とか視える人って、みんなどんな風に視えるのかなって思ってたの。
これっぽっちも霊感ないから。
この間ね、デートでドライブした帰り道。
んふ、いいでしょ?
ニュー彼氏よ。
夕方前くらいで、まだちょっと物足りなかったから、高速でなくて、のんびり峠道を通って帰ることになったの。
そろそろ峠を登りきる頃だったかな、くねった狭い車道とガードレールしかない道の先に、ピンクのセーターと白いスカート姿の若い女の子が、1人で道の端を歩いてたのよ。
頂上の方に向かって。
「え?こんなところを徒歩で?もしかして彼氏と喧嘩して置いていかれたとか?」
と思ってさ。
もう陽も暮れかけてるし、運転してる彼氏に、
「ね、停まってあげてよ、せめて街中まで乗せてあげようよ」
って言ったの。
おせっかいおばちゃんと言われてもいいわよ、放っておけないでしょ?
でもね。
彼氏、私の言葉をガン無視して通り過ぎたのよ。
むしろアクセル踏みこんでよ?
「こいつ、面倒を背負いたくないんだ、薄情な男だ」
って彼氏に失望して、彼氏は彼氏で何も言わなくてね。
そのままお互い無言で峠を降りて街中に出てから、
「……君って、優しいんだね」
って、言葉とは全く裏腹に引き気味の横顔で言われたの。
彼氏曰くね、
「腐った肉の塊がボロボロの布を巻き付けて、ガードレールにずがりながら、剥き出しの足骨っぽいものを引き摺って、ズルズルと歩いてた」
って言われた。
それで、
「あれは視界にすら入れてはいけないものだ」
と一刻も早く逃げたくて必死だったのに、私に、
『ね、停まってあげてよ、せめて街中まで乗せてあげようよ』
そんな事を言われて、正気なのかと若干パニックになりかけたって。
どっちが「見た」ものが正解なのかは未だにわからないし、
「視えない」
「霊感ない」
って思ってる人も、案外視えてる人だったりするのよね、私含めさ。
食事の席で、そんな話をしてくれたのは仲良し4人組のA。
いきなりね、こうも唐突に何を話し出しても、そうそう驚かないくらいには、長いお付き合いよ。
今も皆で、ふんふんなるほどねぇと頷いてたら、
「あー、ちょっと解るかも」
と手を上げたのはB。
私も幽霊っぽい人、わりと最近見たわ。
更年期になってさ、性欲が衰えるどころか、思春期の中学生男子みたいにムラムラするようになって、貪るようにエッチなDVD観てた時よ。
その時に観てたのが、定点カメラバージョンだったんだけど。
え?
定点カメラ知らない?
カメラが固定されてるのよ。
え?詳しい?あらそう?
やだ、常識ではないのね。
まぁいいわ。
それでよ、男優と女優さんが絡んでたんだけど、部屋の端に女の人が立ってたの。
服はね、ブラウスと、地味なタイトスカートとかだったと思う。
ベッドの方を見るように、カメラに対して横向きに立ってて、演出かとも思ったけど、観てたのは別に特殊なジャンルでもなく、女性向けのラブラブエッチのはず。
間違っても、
『嫁に見られながらの背徳セックス』
みたいなタイトルじゃなかった。
それで気になってさ、その人のことを、目を凝らして見たら、その女の人、どうにも向こう側の壁がなんか透けて見えるし、微動だにしないの。
でも絶えず映ってるから、嫌でも視界に入ってくるし、集中できないでいたのよ。
それでもね、
(もーっ)
ってモヤモヤしつつ見てたら、段々、段々ね、その透けてる女の人が、ゆっくりこっちを振り向いて来てたの。
気付かないくらいゆっくりと、でも確実に。
身体ごとよ。
気付いた時には結構こっち向いてて。
お尻から背中に向けてぞわぞわっとして、
「あ、これ、なんか、完全にこっち向かれたら凄く良くないやつっぽい」
って、思う前にね、もう気付いたら手が勝手にリモコン掴んでテレビ消してた。
中学生男子から、一気に枯れた多肉植物よ。
え?例えが下手?うるさいわね。
それでね、少しして嫌なドキドキが落ち着いてから調べたら。
そのAVに出てたのは、女優さんは勿論、男優さんもね、結構人気のある2人だったんだけど、あの作品を最後に、いきなり引退しちゃってた。
SNSみたいなものも、パタッと更新が止まってるって見たわ。
もしかしたら、あの透けてた人と何か関係あるのかなって。
ああいう業界は流行り廃り早いし、穿ちすぎかしらね?
え?
今もAV観てるか?
ちょっとぉ、興味あるのそっちなの?
え、みんなも?
もーぅ。
そうね、うん、普通にたくさん観てるわよ。
たまにそれっぽいの視えるけど、最近はもう視えても全然気にしないで絡みに集中してる。
むしろ邪魔すんなって思うくらい。
何事も慣れるもんね。
そう。
次はそんなホットなお話で、しばらく4人で、中年の性欲っていう、生々しい話題で盛り上がった後よ。
私はふとCと目が合ったため、お先にどうぞと促せば。
「いい?ありがと。
私はねぇ。
うーん、正確に、
『視えた』
のかは分からないんだけど」
と、首を傾げてさ。
私は、話を聞きつつも、皆の口から、さらりと、
「視えた」
事に関するエピソードが出てくることにもびっくりする。
無駄に年を重ねてるだけはあるのかしら。
あぁ失礼、Cの話ね。
もうだいぶ昔の話だけどね。
浮気した旦那と、仲直り旅行へ行ったんだよ。
旦那は、
「魔が差した」
って平謝りしてきたし、人には間違いも失敗もあるからさ。
許したの。
そしたらね、その日の旅行中の夜中よ。
同じベッドで眠る旦那が、凄くうなされてて、その息苦しそうな呻き声で目が覚めたの。
私は、旦那に背中を向けて寝てたから、その呻き声で、どうしたのかと思って振り返ったらね。
仰向けで寝ている旦那の身体に、女が馬乗りになって旦那の首を絞めてたの。
勿論、びっくりしたわよ。
でもね。
旦那に馬乗りになったその人、怒ってたり、恨み辛みの表情をしてなくて。
ただただ、淡々とね、無表情で、まるで作業みたいに、旦那の首を絞めてたの。
ほぼ真っ暗な部屋の中で、確かにその人は見えているのに、その人の息遣いとか、体温とか、重さ、匂いとか、生身っぽさがなくてね。
(あ、生きている人ではなさそう)
それはさすがに解ったの。
それでその人はね、私が見ている事に気付くと、でも、別にこちらに襲い掛かってくるわけでもなく。
ただ、苦しむ旦那の首から手を離すと、
「バイバイ」
って感じで、無表情のまま私に片手を振ってから消えたの。
何だか見覚えはある気はするのに、どうしても思い出せなくて、私はそのまま寝てしまった。
もしかしたら、気を失ってたのかも。
朝に起きたら、旦那は先に起きててさ。
もうベッドに腰掛けて、こちらに背中向けてスマホ見てたから。
心底安堵して、
「おはよ」
って声を掛けるのと同時に身体起こしたら、物凄くびっくりされたの。
そりゃびっくりするよね。
振り返った旦那は変に慌てて、スマホをベッドの上に落としたんだけどさ。
落ちたスマホの画面の中で、旦那は、早くもね、新しい浮気相手と、
「早く会いたい(ハート)」
的な朝の挨拶を交わしていたんだから。
それで、
「あっ」
って思い出したの。
仲直り旅行の最中に、旦那にもう新しい相手がいたショックよりも、何よりも。
(あぁ……そうだ)
夜中に旦那に馬乗りになって首を絞めていたのは、
「私」
だった。
そうそう、あの時の離婚の原因。
理由はありがちな旦那の浮気だったけどね、あれがなかったらさ、また、なあなあにね、きっとほだされてた。
好きだったから。
それで、きっと、ずるずる浮気を続けられる結婚生活を続けてたかもしれないから、良かったよ。
「ドッペルゲンガー的なものかしら?」
「まだ子供いなくてよかったわよ」
「ホントホント」
と一通り盛り上がってから、最後の私に視線が集まった。
そうなの。
皆の話を聞いていたら、私も思い出したの。
最後なのに一番大した話じゃなくて、申し訳ないんだけど。
先日、今年で20歳になった娘が、友達とお酒を飲んできたのよ。
ね、ホント、あっという間よ。
そしたら、家に帰るなり、
「今!!そこの煙草屋の近くで!長い黒髪に白いワンピース着た若い女の幽霊見ちゃった!!」
って騒いでて。
「ただの黒髪の白いワンピース姿のお姉さんかもしれないじゃない」
と返したら、
「手ぶらでスマホ持ってなかったから幽霊だと思う!」
って返されて、
「おー……」
なるほどねって凄い納得した。
今の子はスマホのあるなしで、
この世の人、あの世の人
を判断するのね。
みんなもそこに感心してたわ。
それで、その数日後にさ。
会社の飲み会で、とっても久しぶりに飲んだ帰り道に、娘が話してた、煙草屋と電柱の間に、裸足に白いワンピース姿の女性がいたの。
まさに、
「あ、この人ね」
って感じの人。
「あらあら、確かに幽霊だわねぇ」
って、もうね、いかにも幽霊でございって雰囲気醸し出してて、そこでよ、私、やっとこさ思い出したの。
我が家の母方の家系、特に女。
お酒を飲んだ時だけ、霊感のアンテナがぴったり合ってしまう体質でね。
そう、お酒が入った時だけ、人でないものがバリバリに見えてしまう性質だったのよ。
特異体質ね。
元々あまりお酒好きじゃないし、本当に久しぶりにお酒飲んで、飲んでない理由を思い出したわ。
もー年って嫌ね。
って、笑いながら娘に話したら、
「そんなハズレ体質イヤー!!」
って叫ばれたけど、そうよね、ママもいやよ。
久しく飲んでなかった理由を思い出したわ。
まんまとね、娘にも遺伝してたの。
「えー?そんな体質あるの?」
「まぁお酒好きなら慣れるわよ」
「何でも忘れる年よねぇ」
とね、話は記憶力の低下の恐怖に移りつつ。
私の話で、場をそう盛り下げることもなく済んで、ホッとしつつも。
私は、そう。
ただお酒が好きでないだけでなく、家で飲まない理由も、ついでに思い出してしまった。
あの日は、娘は慣れないお酒で早めに寝てくれて、視えていなかったみたいだけど。
娘に、早く家から出て行って欲しくなったら、家で、お酒を飲ませようかしらね。
きっと「あれ」を視れば、次の日にも、家から飛び出して行くわ。
見え方、四者四葉。