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あの日の一歩  作者:
6/6

エピローグ

 読み終わると、なんだか子どもに戻ったような感覚になった。まるで、僕がこの小説を唯一見せたあの人と話しているような感覚に戻った気がした。

「あー…、ほんと、ひどいな」

 僕は笑いながら涙を流した。枯らしたはずのその涙は止まることを知らず、スマホや机の上をどんどん濡らしていく。

 読んでいて思ったことがいくつかあった。特に、僕はこの物語を楽しく書いていた。でも文字は拙いし、誤字脱字もあった。途中、意味の分からない文も両手で数えられないぐらいたくさんあったし、恥ずかしさで読むのをやめようとすら思った。でも、ずっとこんな物語が読みたかった気がした。

 誰かが誰かのおかげで救われ、人と人が繋がる。そんな夢物語な話をたくさん子供時代から読みたかった。

 ただ、『死』について自分の意見を書きすぎていたのは思うところもあるが、その考えは今も変わらず同じだろう。

 それから、記憶喪失のくだりや先生と雪の関係性。あんな奇跡が起こるはずもない。

 そんな直す場所がたくさんあるはずなのに、どれか一つを削ればそれはもう同じ小説だとは思えない。それぐらい、懐かしく、楽しかった。

 僕は泣き止んでから、応募するのに足りない文字数を埋めるように話をわかりやすく表現し直してからある雑誌に初めて四百字詰めの原稿用紙およそ二百枚分を出した。

 名前はあの人が提案した「立花」と僕が好きな「虹」を合わせる。理由もちゃんと存在する。

 「立花」は根気強く立っている花のように多少曲がっていても信念を貫き、頑張れる人になれるように、という理由があるらしい。「虹」は誰かと誰かの架け橋になれるように。そんな、綺麗事みたいな理由だけれど、僕はこの名前が好きだから、堂々とした字で書き、「立花 虹(たちばなにじ)」という名前で応募した。


 それから数カ月後、大賞を逃したが、本になるという連絡が来た。

 僕は信じられず、インターネットや新聞、雑誌を読んで嘘、詐欺ではないことを確かめた。

 本を出版すると決定してから、出版社の方がもう一作書いて欲しいと願い出があった。

 僕にとって、それは願ったり叶ったりだった。書きたい物語がもう一作あったから。

 僕は仕事をしつつ、深夜にはその人の話を必死に思い出して書いた。思い出しながら、懐かしみながら昔書いたメモ用紙を見比べ、パソコンに打ち込んでいく。あの人と約束した『小説家一本で食っていく』というものは達成していないが、どうしても書きたかった。

 あの人が死んで12年、新聞やテレビにもあまり載らなかったあの事故を覚えている人は少数だろう。でも、だからこそ、遅くはなってしまったが、その人の家族が生きているうちにその人の家族へ伝えたかった。その人がどんな気持ちでどんなことを目指していたか。そして、どう感じていたか。

 その人は自分のことを家族内であまり多く言わなかったと言っていた。だから、言いたかった。どれだけ、その人が幸せで、楽しかったのか。それを伝えるために、その人の物語を書いた。

 「私は友人から見ても家族から見ても「いい子」で通っているらしい。いつもギリギリの所で止め、怒られないようにするのは得意な方だと思う」

 この文から始まる中学生の僕と逢坂伊鶴(おうさかいづる)の物語。少し内容は変えるが、ほとんど伊鶴の過去から事故で死ぬまでの二十年間を書いた。

 その間も涙が出ることが多々あった。でも僕は書き続け、半年以上かけて完成させた。

 最後は伊鶴の希望通りハッピーエンド。でもエンディングは二つ作る。主人公が死んでしまい、前を向くものと、主人公は死なずに幸せに暮らす物語。一つの小説にニついれるのは大変だったが、どうしてもやりたかった。選べるように、前のページには白紙が挟まっている。読む人がどちらを読みたいかで決まるものだ。

 主人公が死んでしまい、前を向くように生きるしかない人たち。主人公は死なずに幸せに暮らす未来。

 僕が感じた、受けた現実と僕達が願った未来。どちらにも幸せは存在する。そんなことを僕自身が信じたかった。


 それにそうしないとあの人に怒られる気がした。


 これを伊鶴さんが亡くなった直後の僕に贈ったとしても何も変わることはないと思う。だが、少しでも僕が涙を流せればいいと思った。

 この小説を読んで涙を流せた僕と同じように。


 「あの日の一歩」は僕の小説を唯一、その一人だけ存在を知り、読んだ友人、伊鶴さんが亡くなった直後の僕に贈る小説でもある。

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