甘いトゲにはご注意を
「お嬢様つきました」
馬車の外をみれば、オープン前のマルコニ洋菓子店の前に到着していた。
「ありがとう。1時間後に迎えを」
御者の手をかりて、馬車を降りた私は、真っ直ぐ正面入口には向かわずに、裏口にまわった。
すっかり馴染みのある裏口から、ノックもせずにガチャっとノブを回し中へ入ると。
「この時間に来るなんて、珍しいね。」
作業台で作業から顔も上げずに、手を動かしながらジョージ・マルコニが黙々と何か作っていた。
あれは、最近売り出したタルトタタンだろう。
つやつやと輝く飴色のりんごにしみ込んだ、キャラメルのような砂糖の香ばしさが堪らない1品だ。
店内に広がる甘い香り。それだけで固まっていた体と心がホッと緩むのを感じる。
「やっぱり、ここは落ち着きますわ~」
ん?という顔をして、ジョージが顔をやっとあげた。
「………これ、食べる?まだ試作品だけど」
作業台の端に置いてあったクッキーを1つ手にとって渡された。
チョコとナッツを練り込んであって、香ばしさとほろ苦さ、ホロホロと口の中で崩れるクッキーの食感が堪らなく美味しい。
「ん〜〜〜〜〜。」
口の中が幸せすぎて、言葉にならない。
ジョージは、口数は少ないけど、行動が甘い。
いつも、こちらの心を察知して、そっとさりげない優しさをくれる。
そしてイケメンだ。
大切なことだから、もう一度言うと。
『 イケメン 』
彼は顔が良い。ずっと見てられる。目が幸せだ。
スッとした目鼻立ち。サラサラの金髪に、美しく優しいオリーブグリーンの瞳。普段はクールな大人の雰囲気なのに、甘い物を食べると顔が緩んで、幼い感じに変わるところが魅力的だ。これをギャップ萌えというらしい。
こんなにイケメンなのに、領地の仕事と副業(趣味)のお菓子作りが忙しくて婚約者はいないと言う。
ジョージは伯爵業務の息抜きとして、お菓子作りをしたところ、あまりにも美味しさから評判になり、王都でお店を構えた。
普段は従業員にお店を任せているが、彼が王都にいる間は毎日、開店前にお店にジョージはいる。
彼とはあの手紙を貰ってから、ビジネスパートナーといった感じでの付き合いを続けていた。
彼が王都にいる間は、私のタイミングでいいので、お店に顔出して、発売前の新作を試食して感想が欲しいと、アンバサダーに任命された時にお願いされている。
今の私は、ローア殿下との交流会も、王子妃の教育の為に王城にいくこともないので、美味しい甘い物が食べられると言われたら、頻繁にお店に通っていたのだ。
私だって年頃の乙女だもん。ローア殿下と婚約していても、イケメンは鑑賞用として眼福。眼福。
思わず手をあわせてしまいそうになったのを抑えると
「どう?美味しい?」
いつの間にかすぐ近くまできていて、顔を覗き込むように、目の前にジョージの顔があった。
『ギャッッ』
ビックリしすぎて、心のなかで叫んでしまった。
全然こんなに近くにいるなんて気づかなかった。
不意打ちなんて卑怯だわ。あまりの近い距離に、思わず顔を真っ赤にしながら
「………ナッツの香ばしさと、チョコのほろ苦のバランスが絶妙で美味しかったです。」
そっと彼と距離をとりながら、答えると
「ん。良かった。僕は君の幸せそうな顔を見るのが好きなんだよね。」
一瞬だけフッと微笑んでから、また作業に戻っていってしまった。
ボボボっと顔が赤くなるのを感じた。
思わず顔に手をあてて俯いてしまう。
べ、べ、べつに私のことを好きと言ったわけじゃないわ〜。こんな時間に制服で来た私を、心配してくれてのことよ。。勘違いしちゃダメ。
いつしか教育係のマリア先生が言っていた。
『甘い言葉にはトゲがあるわ。時には嘘や気づけない罠があるものです。その言葉を簡単に信じてはいけませんよ。』
なんども呪文のように心の中で唱える
『甘トゲ、甘トゲ。。。。。。』
「ふぅ………」
やっと落ち着きましたわ。突然の美形と優しい言葉は、破壊力ハンパないですわね。
わたし、決してチョロい女ではないのです!!
私の顔をみるのが、す、す、好きとか、す、す、少しも嬉しくなんかないんだから〜。
レミアは、真っ赤な顔のまま、パクリとクッキーの残りにかぶりつくのである。
そんなレミアの様子を気にも止めずに、ジョージは調理作業を進めている。
レミアは、クッキーを2枚、3枚と食べ進めながら、大人しく調理室の端の椅子に腰掛けながら、ジョージの様子を観察していた。
このクッキー美味しくて、止まらないわ〜。
ホロホロと口の中がでほどけるから、何枚でもいけちゃいそうで……おそるべし。
ほんのりとキャラメルの甘い匂いをさせながら、タルトタタンが出来上がったのだろう。
ジョージが店内のショーケースに並べはじめた。
ふっとジョージが作業の手を止めて私をみて
「これが終わったら、一緒に街にいかないか?」
「ほえっ…」
一瞬何を言われたのか、理解出来ずに、レミアはビックリして目を見開いたまま、両手にはクッキーを握りしめたままフリーズした。
クッキーをモグモグと口いっぱいに頬張っていたから、変な声になっちゃった。恥ずかしい〜〜。
でも、今のって………
も、も、も、もしかすると、これって……
デートのお誘いなんじゃないかしら!!!!
思わず『甘トゲ』とつぶやいた、そこの貴方!
もし良かったら下の☆も、甘トゲと言いながらポチっと押して頂けたら、助かります。