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女神様と作った人生チャート

作者: 猫の名は。

読んでいただいてありがとうございます。

 どこまでも無限に広がっている白い空間。に、女性が2人、床に座って大きな白い紙に色々と書き込んでいた。


「えーっと、じゃあ、前世を思い出すのは3歳くらいでいい?」

「うん。さすがに赤ん坊から前世の記憶があると、こう、何か色々と羞恥心と戦って、いたたまれなさがすごそうなので」

「あーそうだよね。記憶あるのに垂れ流しとかちょっと嫌だよね」

「そうそう。で、3歳くらいの絶妙な年齢で思い出しておかないと、わがままで性格が悪いお子様が出来上がってたら修正が面倒くさそうじゃないですか」

「確かに」


 2人の女性は共に似たような年代の外見をしていた。話だけ聞いているとお友達っぽい感じがするが、実際は片方が女神様で、片方が女神様が溺愛しているペットのうさぎさんが頭の上に落ちてきて、運悪くお亡くなりになった一般人だ。

 天上からうっかりうさぎさんを落としてしまった女神様は、さすがに巻き込まれた女性が亡くなってしまったことに責任を感じ、直接会って謝ってから転生の輪に入る時にちょっとした加護でも与えようかと思って彼女を天上へと招いた。ところが話をしてみると、彼女とはハマったゲームやマンガなどの趣味が見事に一致した。ついでに推しも一致した。

 なので女神は彼女に提案をした。


「私の世界に転生しない?特典めっちゃ付けるよ!」

「特典も欲しいけど、人生チャートを作ってください!」

「人生チャートって、紗良、貴女、レールの敷かれた人生を生きたいの?」


 紗良と呼ばれた女性は、大きく頷いた。


「私、今まで不安定な生活を送ってたんで。身体だってちょっとだけ弱くて、すぐに死ぬことはないけど、長生きは出来ないとか言われて生きてきたんですよ。何かやろうとしたって、あなたは最後まで出来ない可能性があるからやめておきなさい、とか言われて生きてきたんですよ!だったら、最初からこの時期にこんな出来事があって、最後はこの年齢とか言われた方がマシ。逆算してやっていけるし」

「そうねぇ。確かに貴女、微妙な感じだったわよね。オッケー、大まかに人生チャートを作っちゃいましょう。この年齢でこのイベントって分かってれば備えられるもんね」

「はい。お願いします」


 こうして女神と紗良は転生後の人生チャートを作り上げることにした。これが可能なのも、これから転生する世界が女神・サアラが作った世界だからだ。

 サアラと紗良、名前がよく似ていることも女神の好感度がアップしたポイントの1つだ。


「紗良、婚約破棄は17歳くらいでいい?」

「え?婚約破棄?しないとダメですか?ってゆーか、婚約しないとダメ?」

「せっかく転生するんだもの。定番は押さえておこうよ」

「えー、それ、私の方にダメージ大きくないですか?それに定番なら大勢の前でってやつでしょう?嫌すぎる」

「理由次第かな?だいじょーぶ、いざとなれば私が降りて紗良の身の潔白を証明するわ」


 さすがにどんな権力者が相手だろうが、女神様が降臨されて身の潔白を証明してくれれば紗良が有責になることはないが、今度は女神様関連が面倒くさくなりそうだ。主に教会とか教会とか教会が。


「そうなる前にこそっとどこかで助けて下さい。教会に閉じ込められるのも嫌なので」

「分かったわー。その辺は考慮するわ」

「絶対ですよ。お願いします」


 次の人生の計画をこうして生まれる前に立てられたのに、せっかく立てた計画が崩れるのも嫌だ。


「じゃあ、後はこの辺でこうしてー」

「あ、婚約破棄後は、違う国に行きたいです。」

「いいわよ。各国に行けるようにして、っと。最後は眠るような感じでいい?」

「はい。痛いの嫌なので」


 2人であーでもないこーでもないと言って立てた人生チャートは、概ね満足出来るものであった。

 とはいえ、計画はあくまでも計画だ。何らかの原因で変更も有り得る。


「うん。だいたいは問題ないけど、もしかしたら私の方で変更をかけるかも。あまり紗良の負担にならないようにするつもりだけど、どーしても変えなくちゃいけない時は変えさせてもらうね」

「はい。サアラ様がまずいと思ったら変えて下さい」


 そこら辺は仕方がない。下手に紗良のわがままだけを通して、世界そのものがおかしくなっても困る。


「うん。ありがとうね。じゃあ、紗良、貴女に私の加護を付けて。はい、オッケー、行ってらっしゃい」

「ありがとうございます。行ってきます」


 紗良はサアラに手を振って転生の輪へと入って行った。紗良が上手く入っていくのを見届けてからペットのうさぎさんを抱っこして、先ほどまであった喧噪がなくなってちょっとだけ寂しいな、と思ってもふもふに顔を埋めた。


「紗良は良い子だったねー。あ、そうだ、適当に決めた紗良の婚約者を見ておこうっと」


 紗良の婚約者に選んだのは、紗良が生まれる予定の子爵家の隣の領地に住む男の子だった。名前だけ知っているので、彼の外見などは知らない。サアラは、何もない空間に彼の姿を映し出した。


「……うそ……」


 うさぎさんをぎゅっと抱きしめてサアラは目を見開いた。

 紗良の婚約者を年齢毎に映し出す。

 幼い頃は可愛らしく、それがだんだんと大人になって、格好良くなって。

 その姿はサアラの好みのど真ん中だった。

 サアラのどストライクということは、同じ趣味と推しを持つ紗良の好みでもあるということ。

 冷たそうな外見を持ちながら、溺愛主義なのも良い。


「……変更よ。すぐに変更をかけるわ!!」


 出来上がっていた紗良の人生チャートを、サアラは片っ端から変更していった。





 ○○月××日、本日も上司が理不尽に先輩を怒鳴りつけていた。


 一方、転生してシャナという名前に変更された旧名・紗良はこそっと愛用のノートに内容をメモしながらひたすたこの総務部で繰り広げられている上司による先輩への理不尽な怒鳴りつけを聞いていた。

 先輩の手にすでに退職届が握りしめられていることにシャナは気付いていたが、それも含めてノートに記入済みだ。

 この年配の女性上司は、はっきり言って男性ひいきだ。

 本人は上司として平等に接していると言っているが実体は違う。同じ内容のことを男性が出来ない時は仕方ないと言い、女性が出来ない時は怒鳴りつける。そのくせその時の感情で物事を言うので、後で「そんなことは言っていない」と言い切る。古いタイプの価値観を持つ人で、前世でいうところの昭和感漂う人だ。

 古参の男性が「まぁまぁ、娘みたいに思ってるんだよ」とか言って宥めようとしたが、歴代の先輩たちは「迷惑です。家族ごっこは家でやってください」と言って順番に辞めて行った。

 最近、辞めた先輩はものすごく丁寧に退職届を手渡ししていたのに、「退職届を投げ捨ててきた」と現場を見ていない男性に言っていたらしく、先輩がそんな人間でないことを知っている彼がこちらに確認してきたくらいだ。もちろん訂正はしたのだが、その光景を見ていて知っている者には言わず、見ていなくて何も知らない人たちに言っているあたり、事実をねじ曲げて言っていることを分かってやっているのだ。

 シャナはまだ下っ端だから順番は来ていないが、確かに毎日アレをやられたら辞めたくもなる。

 そういう訳で、ここにいる間にせっせとシャナはネタ集めをすることにした。


 こういう人間に虐げられた女性の物語とか、どうだろうか。


 シャナの趣味は小説を書くこと。前世では、どちらかというと読む方が多かったのだが、いかんせんこちらにはシャナの趣味に合う本がないと女神様はおっしゃった。ならば自分が読みたい本を書けばいいんじゃないかと思い、前世でちょっとだけ薄い本を出した経験から小説を書くことにした。幸い友人に出版関係にツテを持つ人がいたので、そこから出して貰ったシャナの本はそれなりに売れている。

 次回作の執筆活動をするにあたって、嫌な人間をどう書けばいいのか、と悩んでいたのだが、身近にものすごいお手本が存在したので、参考にさせてもらうことにした。

 この人の行動と言動をそのまま書けば、こっちで装飾しなくても嫌な人間の出来上がりだ。

 ある意味、物語の中でしか出会えないような人物って本当に存在するんだな、という見本のような人物だ。残念ながら、黒幕タイプではなくて、ただただ嫌な人物なのだが、物語を書くにあたってはそういう人間も必要なので日々、観察をして行動と言動を記録していた。


「……何を書いているんだ??シャナ?」

「はぅ!見ないで下さい。ってルフィオン様?いつの間に?」


 ルフィオンは宰相室に勤務している文官の中でもエリート中のエリートだ。下っ端であるシャナからしてみれば雲の上の住人だ。本来ならば。


「ああ、ネタ集めか」

「はい。あの人、小物悪役としてのネタには事欠かないので。あ、先輩が退職届を提出しましたね」


 長年勤めてくれていた先輩がとうとう我慢の限界が来たらしく、上司に丁寧に退職届を提出していた。それを見て上司が、え?という表情をして呆然としているのだが、あれだけ理不尽なことを言っていてどうして先輩が辞めないと思っていたのだろう。


「やれやれ、またか。これで何人目だ?ここの離職率は高すぎる」

「原因を放置している上の方々にも問題があると思うんですが……」

「それもそうなんだが。彼女はもう十数年も働いてくれていたんだ。その彼女が辞めるとなると、残った方は大変だぞ」

「そうですよねぇ。先輩、けっこう細々としたことをずっとやっていてくれていましたから。あの人も先輩を便利に使ってましたからね。いなくなって初めて、先輩がやっていたことが分かると思います」


 書類関係もそうだが、他にも細々と先輩は助けてくれていた。そんな先輩がいなくなれば当然、現場は混乱をきたす。

 我に返った上司が「辞める人間なんて、後のことなんて考えてないんでしょう!」とか喚いているが、そんなの当り前だ。後のことを考えるのは残った者の仕事であって、辞める者の仕事じゃない。引き継ぎさえしてしまえば、その後は残った者がやるべきことだ。

 上司のその言葉も、先輩は冷笑して聞いていた。


「やばいなぁ、彼女、完全に見捨てたぞ」

「先輩、大人しそうに見えて切る時は全部まとめて切るタイプですから」

「……お前も切られるのか?」

「可愛がってもらってますがどうでしょう。でも、これ以上、先輩がここにいたら精神が壊れちゃいますよ。」

「原因は何だ?」

「先輩があの人にやれって言われたことをやったら、そんなことは言ってないっていつものように言い初めたんですが、今回はその責め方がひどくて」

「……最悪だ。彼女、相当溜まってたよな」

「そうですね。私みたいにこそっと小説に書いて憂さ晴らしでも出来ればいいんですが、そうでもないでしょうから」

「おい、憂さ晴らしだったのか」

「兼ねてます」

「たまーに俺っぽい人間が酷い目にあっているのは?」

「兼ねてます」


 ルフィオンがチッと舌打ちした。

 兼ねているものはしょうがない。これが自分なりの精神の保ち方なので、文句を言われても止めるつもりはない。名前やら年齢やら、時には性別も、何なら種族や生きている世界そのものも変更しているので、創作物語です、と十分言い切れる。世の中には、自分が書いた小説の登場人物に似た性格の人がきっといる。


「俺はまだいいが、それがバレたら面倒くさいことになるぞ」

「もしあの人が読んだとしても気付かないですよ。せいぜい、まぁ、世の中にはこんな非常識な人間がいるのね、私みたいに常識ある人間からしたら信じられないわね、って皆の前で言うくらいですよ」

「声マネ止めろ。しかも言いそうだな。あー、そーゆーことか。あの手の人間は、普段の外面の良さを外部の人間がどう見てるかしか追求してないから、内部の人間が自分のことをどう見ているか、なんて気が付かなくて、むしろどうでもいいわけか」

「はい。なので内部の慣れた人間をぞんざいに扱えるんです。で、内部の人間から見た自分像を書かれても気が付かないんです。むしろ、率先して悪口言いそうですね、自分のことだと気が付かずに」


 シャナの言葉にルフィオンは納得した。

 常々、どういう基準で自分のことを見ているのだろうと思っていたが、外部の人間か内部の人間かでだいぶ差があるようだ。それから新しく誰かが入ってきた時は、その人から見る評判を気にしているようだ。もっとも、それも長くは続かなくて、ある程度、慣れてくればすぐに扱いが雑になる。


「ルフィオン様、あの方はきっと長生きしますよ。物語でもいじ悪い方は、だいたい長生きですから」

「だろうな。呪いもはね返しそうだ」

「間違いないです。ところで、ルフィオン様、何か用事でもあったんですか?」


 宰相室に勤めているはずのルフィオンが、どうしてここにいるのだろうか?今更ながらに気が付いた。


「言ったろう、離職率が高すぎるって。それでちょっと聞いてこいって言われたんだよ」

「聞く?何をですか?」

「仕事について。きちんと指導されているのか、書類等が保管されているか、とかだったんだが、聞く前にお前がネタ集めしていた」


 まさか来た早々にお目当ての人物がネタ帳を書いているとが思わなかった。つまり、ネタにして小説が書ける程度には、ここはダメだということだ。


「ネタを集めて小説を書くのは、私の生きがいです」


 人生チャートを作る時も女神サアラ様に、趣味の本がないなら自分で書きたいと訴えた。女神様からは、出来上がった本を必ず一冊、奉納することで許可が出た。


「ルフィオン様、本当にそれだけの理由ですか?」

「何だ、婚約者を疑うのか?他に何がある?」

「……私との婚約破棄とか?」

「する理由がない」


 そう、このルフィオンはシャナの婚約者だ。実家の領地がたまたま隣同士だったという縁で結ばれた婚約者。女神様と作り上げた人生チャートによれば、今年中ならば、いつ婚約破棄してもおかしくない程度の関わりあいしか持っていない、はずだった。

 しかし現実は、全く違う。

 幼い頃から何かとシャナの前に姿を現しては、困りごとをさらっと解決して、シャナが王城に勤務すると言えば、自分もさっさと王城勤務を決めた。

 べったりくっついている訳ではないが、ほどよい距離感で常にシャナにその存在を意識させてくる。


 女神様、婚約破棄はどこに消えたのでしょうか?


 あれだけ定番は押さえておく、と言っていたのに、気のせいでなければルフィオンはシャナを割と甘やかしてくれている。

 他の女性が告白してきても、婚約者がいるからと断っているシーンにも何回か出くわした。

 シャナは人生チャートから、婚約破棄をすることを知っていたのであまり深く関わらないようにしていたのだが、そうでなければ柱の陰からこっそりルフィオンの人生を見守りたかった。

 正直に言えば、好みどストライクだ。

 外見もそうだが、性格も好きだ。

 そう考えて、ふと思い出した。

 サアラ様とは気が合った。

 つまり、ルフィオンは女神サアラの好みの人間。


 ……あれ?ひょっとして、サアラ様、人生チャート、思いっきりいじった?


 ごっめーん。推しと気が合う友人との恋愛を見たい!


 サアラ様が言いそうな言葉が脳裏に浮かんだ。

 なぜなら、自分がサアラの立場ならそうするからだ。

 あれだけ考えに考えて練った人生チャートが、全部消し飛んだっぽい。サアラがどこをどうやっていじったのか全く分からない。唯一、感じ取れるのが、ルフィオンとの婚約破棄がないということだけだ。

 むしろこれから先は、ルフィオンとの仲を引き裂こうとする邪魔者系の女性が出てくるかもしれない。

 定番といえば定番なのだが……それはそれでムカつく。

 サアラの思惑はともかく、シャナだって婚約者をじっくり眺めたい。


「シャナ?どうしたんだ?」


 急に黙りこくったシャナを心配するように、ルフィオンが声をかけてくれた。

 うん、こうやって聞くと、声も好みだ。

 

 ふふふ、サアラ様、サアラ様がその気なら、いちゃつくシーンを存分に見せつけて差し上げましょう。

 あ、だけど録画したら後でその映像、見せてくださいね。


 端から見たデレるルフィオン様も見たい。

 

「ルフィオン様、これから先もよろしくお願いします」

「おい、本当にどうしたんだ?頭でも打ったのか?それとも熱か?今日は大人しく帰れ」


 本格的に心配しだしたルフィオンに、シャナはうふふふふと笑いかけた。

 



 その様子を天上からにまにましながら見ていたサアラの傍らに置かれたシャナの人生チャートは、ルフィオンと出会ってからのシャナの予定が全て白紙にされていたのだった。

 

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