第9話
白い息を吐き、赤毛を振り乱しながらディートリンデは雪の降る道をひた走った。
今ディートリンデが着ている服は布を重ねて作った鎧にもなっていてとても動きやすく、そしてある程度刃物や矢から守ってくれる。
元々持っていた服はフロリーナに売り払われたわけだが正直不服だった。
「今回だけは助かったわ。守衛のおじさんも私を追いかけられないもの」
道はある程度覚えている、迷うことなどないだろう。
──この近くに村があった筈だから、夜はそこで過ごそう。
日が暮れ、星が空に見え始めた時、ディートリンデは自分の考えが甘かったことを知る。
「何……これ……」
昔来たことがあるはずの村が何処にもないのだ。
いや、正確には残骸だけはあった。
雪の下に辛うじて見える建物の基礎のようなものが……
「どうしよう……これじゃ夜が」
不安がっていると遠くから狼の遠吠えが聞こえてきた。
「嫌だ。狼なんて」
歩き続けよう、夜の間も可能な限り動いて距離を稼ぐんだ。
ディートリンデはそう考えていた。
「ひッ!?」
そう考えていたが……
──狼!
建物の残骸……その近くにある茂みから灰色の狼が一頭現れ、ディートリンデに向けて唸り声を上げる。
「こ、来ないで! お願い!」
真っすぐ狼を見ながら大きな声を出すが、そんなもの狼からしてみれば知ったことではない。
目の前の逃げようともしない『餌』に夢中だ。
──逃げないと。
目を合わせたままゆっくりと後ずさるが……
「きゃああッ!!」
狼は一切の躊躇なくディートリンデに飛び掛かって押し倒された。
鋭い牙と爪で何度も噛みつき、引き裂きながらディートリンデの命を奪おうとする。
「いやあああッ!! やめて! 助けて!!」
狼の体重で動けない。
このままでは死んでしまう、こんな獣にベルトムントがどうなったのかを知ることもなく、たった一人で……
「そこの餓鬼! 頭を隠せ!」
誰かの声、男の声が聞こえた。
「え?」
聞こえてくる狼の唸り声とは別の……雪の上を走ってくる音。
それが人の足音だと分かった時、足音の主が狼をディートリンデの上から蹴り飛ばした。
「立てるか!?」
「あ、貴方……は?」
「喧しい! 黙って走れ!」
ディートリンデの手を乱暴に引いて、走り去る男。
腰まで伸びる長い黒髪と青い瞳だけが暗闇の中で際立って見えた。




