第89話
明けない夜が無いように、終わらない戦いも無い。
ズウォレス軍の戦いも、ここに決着した。
生き残った10数名の僅かな仲間と共に、フロリーナ達は歩いていく。
力を使い果たしたシセルは目を閉じたまま、寝袋に担架が付いたようなものに乗せられてベルトムントとズウォレスの国境であるエムレ河を目指した。
「もうすぐだ、もうすぐで我々の見たい景色が見られる」
「そうですね……ようやく。この戦いで散っていった兵士の努力が実る」
傷ついていない兵士は1人としていない。
足を引きずりながら土を踏み固めただけの道を進んでいく。
そしてようやく、見えてきた。
「やったぞ皆、これでようやく報われる」
フロリーナを含めその場に居た兵士が歓喜の声を上げる。
彼等が待ちに待った光景……ベルトムント王国から立ち上る大量の煙と炎を、彼らは皆愛おしそうに眺めていた。
ベルトムント領内に侵入したズウォレス軍は皆一様に笑みを浮かべていた。
中には歓喜のあまり涙を流す者もいる。
焼けた建物から逃げる女、折れて地面に落ちた剣、焼け焦げた妻の傍らで泣く夫と思われる男、空高く舞い上がる黒い煙、肌に感じる熱気……
すべてが愛おしいとさえ思った。
「ベルトムントはもう終わりだ!! やったぞ!!」
「ズウォレス万歳!!」
ここに至るまでの犠牲は無駄ではなかった。
焼け落ちるベルトムント王国を見て、ズウォレス兵達はそう思った。
「シセル、起きれるか? 見てみろ」
「こ……ここは……」
フロリーナは担架に乗ったままのシセルに耳打ちしてみると、うっすらと目を開いて周囲を見始めた。
「これが我々の終着点だ。これが我々の思い描いた光景だ」
「これが……か」
ーーこんなものが……か。
響き渡るのは悲鳴と泣き声、見える範囲の家は橙色に炎が上がり、女子供でも容赦なく殺されている。
そんな地獄のような光景が、フロリーナ含むズウォレス人の望みなのか?
「貴君らは……ズウォレス兵か?」
シセルが声をあげようとした時、その場に居るズウォレス兵の物ではない声が聞こえた。
「いかにも。そういう貴方はシャルロワ王国の兵士で間違いないな?」
路地から兵士を引き連れて現れるその男、後ろに控える兵士が掲げる旗を見て、フロリーナはそう返した。
赤地に剣と丸盾の旗……シャルロワ王国の旗で間違いない。
「……まさかそれだけしか生き残れなかったのか?」
「ええ、北部の部隊はもう我々だけです」
遠慮がちに問う男に対して、フロリーナは胸をはって答えた。
「私はフロリーナ。ズウォレス軍の総司令官です。貴方は……ヨハン・マース殿ですね?」
「そうだ、よく戦ったな。ズウォレス軍が難民を追い込み、陽動をしてくれたおかげでこちらも迅速に攻められた。疲れただろう。今後のことは我が軍の幕舎で話そう」
「ええ、喜んで」
フロリーナとヨハンは握手をしながら共にベルトムントの領内を歩いた。
旧ズウォレス領内から始まったこの戦いは、後に『炎と灰の戦い』と呼ばれズウォレスで語り継がれていくことになる。
幾多の血と死と涙を乗り越え、ベルトムントとの戦いは決着した。
だがこの戦いは、あくまで始まりに過ぎないことをズウォレス人はだれも知らなかった。




