第71話
老人から逃げおおせたシセルは森を抜けベルトムント軍とは反対の方向に走った。
身を隠すために岩の後ろに隠れ、足と脇腹に突き刺さったままの矢を引き抜く。
「っぐ……ぬぅ」
口に布切れを入れて痛みで叫ぶのを抑えながら、一気に矢を引き抜く。
正直矢尻が体の中に残る可能性が高い為おすすめはしないが。
「ああクソッたれ……痛いな」
痛みに顔をしかめながら傷に布を巻く。
だが問題はこの足ではなく脇腹だ、ものの見事に矢尻が体の中に残っている。
「……もうひと踏ん張りか」
再び布を噛みながらシセルは指を脇腹に突っ込んだ。
暫く時間がたったあと、シセルは血まみれの矢尻を憎々しそうに地面に叩きつけた。
「にしてもあのジジイ……なんでベルトムント側についたんだ?」
脂汗を額に浮べつつ、頭の中で師匠である老人の事について考えるが恐らく無駄な事だろう。
余計なことは考えず目の前のことに集中しよう、今シセルがしなければならないことはフロリーナと合流することだ。
「ん?」
岩陰に座り込んで思案を巡らせていると、ズウォレス軍が居た方角から背の低い草を踏み散らしふらふらと歩いて来る人間が見えた。
ーーベルトムント兵か?
そう考えたが恐らく違う。
人数は一人、逆光で見えにくいがどうやら女のようだ。
その場に伏せて姿を隠しながら、弓に矢をつがえるシセル。
だがすぐにその必要がないことに気が付く。
ーーあいつは確か、捕虜の……
たった一人でよろよろとベルトムント軍のいる方角へ歩いていくのは指が切り落とされた女……
トルデリーゼだ。
「そこまでだ。脱走は許さん。大人しく戻ってもらうぞ」
「貴様……」
怨念でもこもっていそうな目で睨んでくるトルデリーゼ。
民間人なら見逃すことも考えたが、彼女は軍人、目の前で逃げようとしているのを逃がすことはしない。
シセルは戻るように警告した。
「お前たちは負けるんだ……一人も逃げられないぞ……」
ーー気丈な女だ。
体力の限界で命が危ないのも分かっているだろうに、その見下した視線と態度は健在だ。
「まあ何を言おうがかまわないがちょっと耳障りだ。その減らず口を塞いでやろう。俺の矢は人を永遠に黙らせられるぞ。とりあえず両手を上げてとっとと歩け」
「……タマ無しの糞野郎が」
「貴族のお嬢さんのくせに随分な口調だな」




