第70話
日が暮れ始めるまで老人は待ったがシセルのものと思われる足はいまだに動きが無い。
ーー偽物だったか?だがいつの間に入れ替わったんだ?
老人はシセルを取り逃がしたと思い、木の影から出てきた。
すると……
「ッ!?」
矢が刺さったままのシセルの靴が動いた。
慌てて弓を構えるが、もう遅い。
「久しぶりだなクソジジイッ!!」
大声で怒鳴りながら木の影から姿を現したシセル、彼の手には既に引き絞られた弓があった。
そしてシセルは木の上から飛び降りつつ老人目掛けて矢を放つ。
それは過たず老人の右腕へと吸い寄せられるように飛んでいく。
「随分な挨拶じゃねぇかシセル!」
矢を腕で受けながら老人は返す矢を放つがそれはシセルに当たることなく飛んで行った。
地面に転がりながら、明後日の方向へと痛む足を引きずり逃げるシセル。
「男なら戦えよシセル!」
老人は再び矢をつがえるが、痛みでまともに矢を引くことはできなかった。
そうこうしている内にシセルの姿は森に消えていき、やがて完全に見えなくなった。
「……久しぶりだってのに。まともに話もしないで逃げて行きやがった。師匠に対する態度じゃないな」
こうして憎まれ口をたたく老人だけが森の中に一人残された。
一方フロリーナ達は……
「どうなってるんだ?」
敵と交戦しながらも後退を続けていたズウォレス軍だったが、一定距離まで後退するとベルトムント兵は退いていったのだ。
「追撃すればもっと損害を与えられたはず。なのになぜ?」
「見逃してくれた……わけじゃねぇよな」
ズウォレス兵達は退いていくベルトムント軍を見ながら、口々に疑問を口にする。
ーーこっちの補給が無いのを見抜かれてるな。
フロリーナはなぜ追撃が来ないのか、その理由を考えていた。
理由はすぐに分かったが……
ーーこのまま我々が後退し続けるか、食料が尽きて弱るのを待つか、それとも援軍が来るまで待つか。
最悪の結果が頭の中をよぎる。
「フロリーナ様……大丈夫ですか?」
隣で一緒になって後退していた兵士が話しかけてきた。
心配してくれる健気な仲間がいてほっとする。
「手ひどくやられたが……私は無事だ。損害は?」
聞かれた兵士は苦々しい表情で口を開く。
「おそらく……半数が負傷、4分の1が死亡したかと……」
「……そうか」
甚大な被害だ。
「捕虜はどうしましょう?」
「トルデリーゼだけでも回収する……と言いたいが捨てて逃げる。ルメール村まで後退させよう。それと中部に送った部隊に伝令を、『北部の部隊と合流せよ』そう伝えてきてほしい」
「承知しました」
フロリーナの狙いとしては中部の仲間と協力して、挟撃を仕掛けようとしているが……成功するかどうかは怪しいところだ。
「それにしても……奴らは何者なのでしょう? ホルウェで戦った時のズウォレス兵とは雲泥の差でした」
「ベルトムント王お抱えの近衛兵。通称『人狩り隊』」
「え?」
「要は選りすぐりの人殺しさ」
あっけらかんと言うフロリーナだったが、彼女の心中は決して穏やかではなかった。




