第7話
周囲の人間が全て、護衛も含めて静まり返ったウィール村の入り口付近。
フロリーナは馬乗りになったシセルに笑顔を向けながら話を続ける。
「我々はまだ何も使命を全うできていない。国民を守れず、国は敵の手に落ちた。そんな状況を私は見過ごしてはおけないんだよ」
「お前……」
「協力してくれシセル。共に腐ったベルトムントの連中を倒すんだ」
「……俺は」
戦いたくない。
敵も味方も、もう殺したくも無いし死体を見たくもない。
「フロリーナ! ここから離れるぞ! ベルトムント軍に動きがあった!」
シセルの答えを待たず、恐らくは斥候であろう弓で武装した兵士が報告を入れに来た。
「……答えを聞くのは後にしよう。来いシセル」
「撤退だ! 総員撤退!! 急げ!!」
ウィール村に残った兵士達に号令をかける護衛、その叫びに呼応するように次々に村から兵士達が出てきた。
老兵や少年の兵士、果ては女性の兵士もいる。
総数は百に満たない数だったが武装していない村人を殺しつくすには十分だったのだろう。
「予定通り2番地まで撤退せよ! 次の指示は到着次第伝える! ベルトムント軍に捕まるなよ!!」
立ち上がったフロリーナが声の限りそう命じた。
命令を受け取った全員が同じ方向を目指し全力で走り始めた。
「行くぞシセル」
「……」
「ここに居ても殺されるだけだ。早く」
「分かったよ」
ここに居ても残党と間違われて殺されるような気がしていた。
戦いたくも無ければ殺すのも嫌だが、それ以上にシセルは自分が死ぬのだけは御免だ。
「もう少しだ! 走れ!」
松明を掲げながらある一点を目指して走るズウォレス軍。
彼らが目指すのはホルウェ港と呼ばれる海に面した場所。
大型の船がいくつも停泊しているいわば軍港だ。
「ホルウェ港まで随分距離があるぞ! 一晩じゃ無理だ!」
ホルウェ港までは単純な徒歩でまる二日かかる、それも疲労を考慮しない場合のことだ。
まだ背後に見えてはいないがたどり着く前にベルトムント軍に追いつかれてすりつぶされるのが関の山だろう。
「安心するといい。策はある。ときにシセル」
「ああ?」
「ネズミは好きかな?」
「くそ!!何処に行きやがった!?」
「斥候を増やせ!見逃したらズウォレス人の代わりにお前たちの首を飛ばすぞ!」
松明を掲げたベルトムント軍の兵士が将軍の命令でズウォレス軍を探している。
フロリーナが率いる部隊だったが彼らは突如として姿をくらましていた。
ベルトムント軍の周辺は一面の葡萄畑と牧場があるのみで人影などは何処にも見えない。
──奴らどこに消えた!? 早く見つけ出して全員始末しないと……俺の首が飛ぶ。
将軍は焦りに焦っていた。
ズウォレス人が今までこれほどの攻撃をしてきた例は殆どなかった。
それゆえにズウォレス人の監視が疎かになっていたのだが……それでも逃がそうものなら将軍自身がどうなるか知れたものじゃない。
「草の根分けても探し出せ! 汚らわしいズウォレス人の首を晒上げてやるんだ!」
だが将軍の命令が達成されることは無く、翌日の朝を迎えることになった。