第64話
「ほらシセル。酒だ」
休憩中シセルの所にフロリーナが行くと彼は適当な木に背中を預けて座り、惚けていた。
ーー見た目は落ち着いたか……?
どうにもシセルの大麻と阿片の減りが早くなっている、それこそルメール村を落とした後からだ。
だが理由を聞こうにも今のシセルはどうも正気じゃない。
長い黒髪はぼさぼさで、青い瞳の瞳孔は開いたまま、土汚れはそのままで時折虚空を見て怯えているのは恐らく大麻と阿片、使っている薬の禁断症状。
廃人の一歩手前だ。
ーー頃合いを見て薬を取り上げよう。
「おいシセル、これを……」
フロリーナは葡萄酒が入った革袋を手渡す。
「ああ、ありがとうよ……」
シセルが喋った。
「シセル、薬の量を控えてくれ。これは命令だ。補給も次は来ないんだからな」
「分かったよ……パウラ」
「??」
パウラ……?
一体誰の事だ?
「シセル、私はフロリーナだ」
「え? あ、ああそうか……そうだったな」
暫く惚けていたシセルだったが、ようやく焦点があった。
身体を起こして、額に手を当てている。
「ほら、これを飲め。薄められてないから美味い」
「葡萄酒か? ありがとう」
シセルは受け取った葡萄酒に口をつけた。
口の中に広がる酸味と少しだけ広がる柑橘系と花の香りがとてもいい辛口。
美味だ。
「美味い……」
「よかったよ。舌まで惚けてなくて」
フロリーナの物言いに少しだけムッとしたが、致し方ないだろう。
自分でも最近酷いと思っているくらいなのだから。
「シセル、そう言えば聞きそびれていたが貴方の故郷は?」
「この近くだ」
シセルの言葉にフロリーナは驚いたような表情を浮べた。
「まさかルメール村か?」
「いやそこじゃない、だがもう存在しない。アーメルス村だ。5年前は捕虜の収容地としても使われてた」
休息をとっている間、フロリーナとシセルは周囲の兵士に一時的にその場を離れることを伝え、シセルの故郷に行ってみた。
歩いても少ししかかからないのが幸いだった。
「ここだ」
「そうか」
底が擦り減ったブーツで道なき道を歩いていくと2人の前に開けた草原が見えてきた。
見渡す限りの緑の平地……燦々と太陽の光が降り注ぐその場所は建物の影も人の影も見えない。
そんな場所を見て、シセルは寂しそうな表情を浮べると、真っすぐに草原を歩き出した
「ここに村一番の美人が住んでた。名前はアレッタ。気立ての良い女だった」
説明を始めるシセル。
フロリーナがシセルの足元に視線を向けると草に埋もれてはいるが建物の基礎のようなものが見える。
「あっちは精粉屋、量をごまかすのがうまかった。そっちには飲んだくれのオヤジがいつも嫁と喧嘩してた。そこには豚小屋があってな、祝いの席で出されたもんさ」
「シセル……」
「皆居なくなった、どこにも何もない」
爽やかな流れる風に黒髪をなびかせながら、両手を広げてフロリーナの方を向く。
彼女は項垂れるでもかといって笑うでもなく、ただシセルだけをみていた。
「俺がこの戦いで勝っても、居場所はないんだ」
「だったら私の隣に居ろ。ずっとな」
フロリーナのそんな言葉にシセルの瞳が見開かれた。
「……フロリーナ、お前は少し言葉を選んだ方がいい。勘違いされるぞ」
呆れたような口調でそう言うと、シセルは再び視線を草原へと向けた。
風と草が揺れる音を聞きながら。




