第62話
ベルトムント王国、王城にて……
精緻な装飾が施された黒い鎧。
まずあり得ないがどこかに売ろうものなら凄まじい値がつきそうなその鎧をつけながら、ベルトムント王は報告を待っていた。
なんの報告か?
それは……
「……来たか。どうだ?」
執務室に入ってきたのは鎖帷子を身に着けた兵士、頭を垂れながら彼は口を開く。
「すぐに集められたのは300です」
「まあ、致し方あるまいな」
ベルトムント王が出陣するにあたって、すぐに集められるだけの兵士を集めさせるように指示を出した。
そうして集まった戦力は300、この時点でズウォレス軍の正確な兵力は分かってはいないが……まあ不足であろう。
「兵種は?」
「騎兵です」
「よし、私の馬は用意してあるか?」
「はい」
上々だ、そう言ってベルトムント王が部屋を後にしようとした時だった。
慌てた兵士が執務室に入ってきた。
「一体どうした?」
「申し上げます! 旧ズウォレス領から大量の難民が!」
「ほう……」
旧ズウォレス領とベルトムント王国の間には長大な河が存在する。
エムレ河と呼ばれるその河は三つの石橋が架かっているのだが、中央の橋であるエムレ橋の前は大量の難民で埋め尽くされ商人や兵士達の往来を阻んでいた。
「農民共! 邪魔だ!」
盾を装備した兵士達が叫び、なんとか難民達を制しようとしているが、うまくはいかなかった。
着の身着のまま自分たちが住んでいた場所から逃げて来た彼らは既に限界。
既に食料が尽きている者も多く、ズウォレス軍に追いかけられ続けたことも相まって皆ベルトムントに戻ろうと必死であり一部は既に暴徒と化していた。
「退きやがれ!! 俺達を置いてさっさと失せたごくつぶしの糞野郎共が!」
「構わねぇ! ぶち殺しちまえ!!」
薪や農業用の鎌を持った彼らは兵士へと殺到、先を進もうとする。
そんな彼等の前に、ベルトムント側から多くの騎兵を引き連れた人物が現れた。
「静まれえええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!!」
天まで届けと言わんばかりの凄まじい声量。
それを発したのは、鎧姿のベルトムント王だった。
「諸君、どうか私の話を聞いてほしい」
静まり返ったエムレ橋、難民達を真っ直ぐに見据えてベルトムント王は口を開く。
「我々は今日この時より敵地へ向かう。我々は気力を失うことも仕損じることもない。我々は最後の一兵に至るまで戦い抜く。我々はいかなる犠牲を払おうとも、自らの領土を守る! 我々は海岸で戦う! 我々は水際で戦う! 我々は野原と街頭で戦う! 我々は丘で戦う! 我々は決して降伏しない!! 降伏することはない!!」
熱のこもったベルトムント王の声。
「すべてのベルトムント人は我が子も同じ! 見捨てることなどありはしない。さぁ兵士達よ! 我が背に続け!!」
そう告げたベルトムント王に難民達は道を開けた。
馬蹄の音を響かせ王と騎兵が駆け抜ける。
難民たちは王のその背に羨望と畏敬の念を送った。




