第60話
旧ズウォレス領北部、ルメール村近郊……
「僅かに残った民間人だけだ、そのままやれる」
「よし、突撃!!」
岩肌が露出した小高い丘の上にはフロリーナ率いるズウォレス軍かおよそ100名。
放っていた斥候が報告を終えるや否や、フロリーナは丘の下に見えるルメール村に向かって兵士に突撃を命ずる。
木造の家が20軒程度、兵士も居ない。
戦闘はすぐに終わるだろう。
戦闘は。
「なんで……こんなことを……」
丘の上で佇むフロリーナの隣で涙を流しながらその光景を見つめる人物がいる。
ディートリンデとイグナーツ、フロリーナの子供だ。
「これが我々の戦略だからだよ」
「ここまでする必要がどこにあるとおっしゃるのですか!? 彼等はただの武器を持たない民なのですよ!?」
案の定と言うべきか、ディートリンデはフロリーナの作戦に大反対だ。
そしてこれはシセルにとっても耳が痛い話でもある。
ーーああ、やっぱりきついな……
「話をしましょう! こんな馬鹿げたことは今すぐにでもやめるべきです!」
ディートリンデの言葉に、フロリーナは目を見開き怒りを露にした。
「話し合う? 一体誰と? ベルトムント王か? 敗戦国のどこの馬の骨とも知れない女の話を一体誰が聞くんだ。この5年で誰もズウォレス人のことなど見向きもしなかったのに」
「それは……!」
埒が明かない、シセルは仕方なく2人の会話に割って入った。
「おいガキ」
「な、何ですか?」
凄みを効かせたシセルの言葉に、ディートリンデは固まった。
気丈にもシセルを睨み付けるのだけは忘れてはいないが、明らかに怯えている。
「色々好き勝手に言ってくれたな。いいか? お前は自分がベルトムント人だということを忘れるな。お前が生かされているのは、そこにいるフロリーナの縁者だからだ」
自分の事は棚に上げ、ディートリンデを責める。
「…………」
「そこの奴らと同じ扱いを受けたいというなら、俺は止めないがな」
黙り込んでしまったディートリンデの後ろ、シセルが顎で指す方向には死んだ瞳で背中に荷を背負ったベルトムント人の捕虜がいる。
こうなりたくなければ黙れ、シセルはそう言っているのだ。
「……俺も行ってくる。ここは任せるぞ、フロリーナ」
「ああ、頼んだ」
ディートリンデはこれ以上は何も言わないだろう。
そう思ったシセルは、弓を片手に丘を勢いよく降りていく。
ディートリンデ曰く、『こんな馬鹿げたこと』をやりに。
ーー俺だってやりたくなんかないさ。
空から燦々と太陽の光が降り注ぐなか、始まった。
「家の中に溜め込んでる食糧をありったけかっさらえ! 井戸には死体を投げ込むんだ!」
ルメール村で行われたのは、戦闘というよりは虐殺と略奪に近い。
ズウォレス軍はただただ一方的に村を蹂躙し、使えそうな物を奪う。
ーーまだ無事な建物があるな。
他の兵士達が略奪品を運び出している中、丘から降りてきたシセルは一つの平屋の家に目を付けた。
「…………」
木の扉を蹴破り、中に侵入したシセル。
服や割れた陶器が転がる荒れた部屋、ここにいた住人は先程まで食事をしていたのだろう、粗末な木の机に置かれた鍋からは湯気が立ち上っていた。
ーー旨そうだな。
中身は鶏と野菜を煮込んだスープ、丁度腹が減っていたシセルはそばにあった匙を手に取ろうとして……
「ん?」
奥の部屋から音を聞いた。




