第6話
降りしきる岩の雨が収まるのをを待たず、ウィール村目指して転びながら走るシセル。
パエセスの街は既に地獄と化していた。
どこかから現れた長剣を手にした兵士と思しき男達が逃げまどう市民を片っ端から殺して回っていたのだ。
そして虐殺者が皆一様に付けている腕章には見覚えがある。
同士討ちの防止策だろう、赤い布地に向かい合った獅子が刺繍されたそれは……
──ズウォレス王国の紋章だ!
亡国の兵士がベルトムントの人間を今までの怒りを晴らすように徹底的に殺しに殺す。
視線を変えて路地裏を見れば泣き叫ぶ女を犯している兵士もいる。
「殺せ殺せ!!」
「助けて! 許してえ!!」
そう思いながらシセルは一心不乱に足を動かした。
シセルが街を出て暫く、空は既に日が落ち夜になっていた。
もうどれほど走っただろうか?
これほど走ったのは……ああ5年前か?
あの時だ、捕虜の女の子を抱えて走った時だ。
「あれは?」
思い出したくもない事を思い出しながら走っているとようやくウィール村が見えてきた。
恐らくはズウォレス人が生き残りを探しているのだろうか? そこかしこに松明が焚かれてよく見える。
──居た!!
村の入り口付近、護衛と思われる男二人に守られながら黄金色の髪を夜風になびかせ佇む女性がいる。
フロリーナだ。
「フロリーナ!お前!!」
まだ距離が離れていたもののシセルは構わず叫んだ。
するとこちらに気が付いたフロリーナは……
──あのアマ……ッ!!
こともあろうに笑顔でシセルに手を振ってきたのだ。
その姿はまるで親しい友人にするそれとなんら変わらない。
「貴様!! 一体どういうことだ!? あの置物になに仕込んだ!? 俺は何をやらされたんだ!?」
フロリーナの所まで辿り着いたシセルは荒い息を吐きながら襟首を掴み上げた。
隣の護衛が何か言っていたが、今のシセルには耳に入らない。
「大丈夫だ二人共、落ち着け。そう言えば貴方の名前を聞いていなかった。名前は?」
「シセルだ! お前のせいでパエセスの人間が殺された!」
「すると私の『贈り物』は届いたわけだな? 良くやってくれたなシセル。これは礼の金貨ーー」
そこまでだった。
シセルは金貨を出そうと懐に手をいれたフロリーナを突き飛ばし馬乗りになって殴りかかろうとした。
当然護衛が許すことはなく、羽交い締めにされて拘束されたが……
「この虐殺者!! 悪魔め!!」
地面に押し付けられながらもフロリーナに向かって叫ぶ。
「悪魔? 私が殺すよう命令したのはベルトムントの人間だけだぞ? その行為を悪魔だなんだと言うのならば奴らがしてきたことはなんだ?」
起き上がったフロリーナは肩に付いた土を払いながらシセルにそう問うた。
「何?」
「土地を奪い、人を売り飛ばし、家を壊し、我々の魂すら汚した。そんな奴らに報いを受けさせただけのことだ。私は自分の下した命令が間違っていたとは思わないし、奴らが千死のうが万死のうが心も痛まない」
「戦争がしたいのか!? また大勢死ぬぞ!! 今度はズウォレス人だって一人だって残らないかもしれない! だったらまだこうしてたほうがマシだ!」
「こうする? 迫害されて最後のズウォレス人が死に絶えるまで待つつもりか? 見ろ」
そう言ってフロリーナが出したのはボロボロな旗の一部。
「これは……」
「ズウォレス王国の軍旗、私は貴方と同じ兵士だった。そして5年前、国を守れなかった愚か者の一人だ」