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元弓兵は帰れない。  作者: 田上 祐司
第一章 炎と灰の戦い
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第59話

 ライデン城を出て翌日の正午……


 フロリーナの連れている子供二人の顔がようやくはっきり見えるようになった。


 男の子のほうはなるほどフロリーナを男にして小さくしたような見た目だ、金髪と緑の瞳が良く映えている。


 女の子の方は……似ても似つかない、まあ当然だが。


 そもそも赤毛で黒目だ、血のつながりが無いから仕方ないが。


「シセル……すまないがこの二人の面倒を見てくれないか?」


「俺がか?」


 ーーというかこの女、まさか戦場で子供をずっと連れ歩くつもりなのか?


 ズウォレス軍の隊列の真ん中付近、弓を背負って歩くシセルに子供を連れたフロリーナは耳打ちしてきた。


 ーー冗談じゃない、俺の身動きが取れなくなる。


 自分の子供ということもあるのだろうか?


 フロリーナはどうにも子供にかなり気を使っているように思える。


 男の子……イグナーツは歩きやすい服装ではあるからまだ問題は無いが、ディートリンデに至っては明らかに動くのに支障が出そうな赤いドレス。


 子供に合わせて行軍速度も遅くしているような気がする。


 ーーブラームも居ない。俺が言わないとな。


「フロリーナ、子供が大事なのはわかる。だがそれで行軍速度が落ちたら作戦が消し飛ぶぞ。せめてメラント島にでもその子供を送れ」


「し、しかしな……」


 ーー駄目だコイツ。


 狼狽えるフロリーナに苛立ちを感じながら、シセルは隣を歩く彼女の頭を掴んで自分の近くまで寄せる。


「子供に、お前が今仲間にさせていることを見せたいのか?」


 耳元で子供に聞こえないように囁かれたその言葉に、ハッとした様子を見せるフロリーナ。


「……分った。もう少し、ホルウェ港近くまで行ったら。向かわせる」


「そうしてくれ。あとお前は指揮官だ。個人的感情を優先させるな。仲間が死ぬ」


 分かった、そう返すフロリーナの表情は辛そうだった。


「……戦争が終わったら、一緒に住んでやれ」


 そのまま突き放したような言葉だけではいけないと思ってシセルはそう言った。


 




「ベルトムント王、『ズウォレスの黒狐』ただいま戻りました」


 ズウォレス軍がライデン城の攻略を終えた頃ベルトムント王国では白髪の老人がベルトムント王に謁見していた。


「戻ったのか? ズウォレス軍はどうした?」


 王城の執務室、頭を垂れて臣下の礼をとる老人の前には王が居て、めんどくさそうに木の匙で麦粥を食べていた。


「敵の指揮官は仕留めました。が、敵の勢いは衰える様子はありません」


「報告ではこちらが優勢で、もうすぐ鎮圧できると聞いているが……どうだ?」


 どうだ?


 そう問いを投げるベルトムント王は、結果は分かり切っているとでも言わんばかりの態度だ。


「鎮圧は不可能と考えます。既に西部は制圧され、中央付近まで侵攻しつつある。おまけにクラウス殿が討ち死になされたことで旧ズウォレス領の兵士達は指揮もままならぬと」


 老人からの報告を聞いて、ベルトムント王は怒るでもなく、声を上げて笑った。


「やはりか!! はっはっはっは!! 


 呵々大笑。


「いやはや、本当にどうしようもない馬鹿な貴族が揃いも揃ったものだ」


「どうなさいますか?」


「儂が出る」


 短くそう返すベルトムント王、老人はさして驚くことも無かった。


「供を許すぞ『ズウォレスの黒狐』、来い」


「王の命とあらばーー」


 老人は一礼した後、執務室を後にした。

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