第55話
息が切れる寸前、シセル達はようやく水面に頭を出せた。
全力で息を吸いたいのを抑え、顔面に張り付いた長い黒髪をかき分けシセルは周囲に目を向ける。
どうやら城壁の中に入れたようで周りには綺麗に積まれた石造りの壁が広がっていた。
奥に松明が見え、シセル達が居る場所は一本道の通路のように思えるが……
「フロリーナ、ここはなんだ?」
水から上がり前を行くフロリーナに静かに話しかけるシセル。
「城の中に水を入れるための水路だよ。よく詰まるから整備しやすいようにわざわざ通路までこしらえてあるんだ。外側には気を使ってないがね」
「フロリーナ、お前はなんでこの場所を知ってるんだ?」
「ここに暫く住んでたからな」
ーーは?
ここに住んでいた、フロリーナの突然の発言に驚くシセル達をよそに彼女は備えられた階段を警戒しながら上がっていく。
「城壁への道はこっちだ。見張りがうろついているだろうから慎重に行くぞ」
「あ、ああ……」
フロリーナを含め全員が静かに腰の剣を抜いた。
どうにもこの城……ライデン城を建てた人間は内部の守りについてはあまり考えていないようだった。
広く登りやすい階段には赤い絨毯が敷かれ、几帳面に使わない所にも松明がかかり、無駄に高価な磁器や金細工などの調度品が各部屋だけでなく廊下にも大量に置かれている。
シセルとフロリーナ以外の兵士はそれらの調度品に目を奪われていたが……よくよく考えれば戦争中にこんなものを放置しておくのはどうなのだろうか?
明らかに味方兵士の行き来に邪魔になろうことは間違いない。
「そこの窓から外へ出て城壁の階段を上る。恐らく大量の兵士がいるだろうが……対応できるな?」
「え? あ、ああ……」
先ほどの発言のお陰ですっかり上の空になっていたシセルに、フロリーナは顔をしかめながらこう言った。
「しっかりしろ。ここでしくじればすべてが終わるんだぞ? 私の命も、当然貴方の命もな」
「わ、分かった。あの話は忘れることにする」
気を取り直してシセルは自分の長剣に目をやる。
正直シセルの剣の腕はそれほどいいものではないが……仕方ない。
ここで敵を殺せない、そんなことがあればフロリーナの言う通り、果ては連れて来た仲間も死んでしまう。
それだけは嫌だった。
「行くぞ」
覚悟を決めた兵士たちは、城壁へとつながる道をひた走った。




