第52話
翌日の早朝、ハルリン港にて……
「よし行くぞ! 残飯を平らげろ!」
ついにハルリン港へと上陸を果たしたフロリーナ達ズウォレス軍1000。
フロリーナの号令で彼らが始めたのは現地で逃げる準備をしていた民間人の虐殺だった。
「やめろ! 話せばわかる!」
「せめてこの子だけは! この子だけは助けてください!!」
逃げ遅れた男を、子供だけはと縋ってきた母親を、身なりの整ったご婦人も。
一切合切殺しに殺す。
背中から槍で突きさし、首を剣で斬り、赤子の身体を切り刻む。
あちこちで絶叫と悲鳴が響き渡り、地獄が顕現していた。
上陸してから日が昇りきるまでの間に、夥しい血が流れ、土を踏み固めただけの広場には死体が大地を埋め尽くさん勢いである。
「…………」
目の前の光景に、シセルは沈んだ表情で目の前の地獄をみていた。
漂ってくる鉄錆の臭いと肉の焼ける不快な音……
筆舌に尽くしがたいとてつもなく不快な気分。
「俺も……やるか……」
最近は戦闘以外でも使う頻度が増えてきた大麻、シセルはそれを腰に付けた麻袋から取り出した。
それをシセルは丸め、手近にあった火をつける。
「……シセル、使いすぎるな。ここには介抱する人間は居ないんだぞ」
「知ってるさ。だけどこうでもしないと俺は人を殺せない」
さすがに戦場でお荷物になるような事態は避けなければならないため、量自体は減らす。
ただ……恐らく吸う回数は増えるだろうから結局は意味がないだろう。
「行ってこい。シセル」
「ああ……任せておけ」
不快な臭いの煙を吐きつつ、シセルは燃え盛る建物の近くを歩き出した。
「おーおー、派手にやってるなあおい」
同時刻、火の手があがるハルリン港を少し遠くにある背の高い杉の木の上から見ている人物がいる。
メラント島でフロリーナを襲った白髪の老人だ。
片手に葡萄酒の入った革袋を持ち、どさくさ紛れにハルリン港の住民から奪い取ったチーズを食べる。
ーー馬に乗ってここまで来たが、こりゃ旧ズウォレス領にいるベルトムント軍だけじゃどうにもならんぞ。
老人はメラント島に来る前から情報を集めていた。
だが集めた情報の中身はというと……散々だ。
旧ズウォレス領に残る軍はメラント島におけるクラウスと指揮官達の死で指揮系統が回っていない。
それどころか跡継ぎを誰にするかでもめていると聞いている。
前線を指揮する人間も居ないためズウォレス軍がくればベルトムント軍は殆どが逃げるという選択をとっている。
ーー少なくとも旧ズウォレス領を失うのはもう避けられんだろうなぁ。
「さてさて、暫く待つとするかね」
そう言うと老人は葡萄酒に口をつけた。




