第5話
シセルが席に着くと、黒猫亭の男たちは酒を出してくれた。
「アンタ名前は?」
「シセルだ。よろしく」
「ああ、よろしく」
陶製の瓶に入れられた酒は葡萄酒、蜂蜜酒、ビール、その他諸々と種類も多い。
「まあ飲んでくれシセル。ああそうだチーズもあるぞ。食うか?」
「頂くよ」
一息に酒を飲み干し、新たに注いでもらう。
恐らくは安酒だろうが、それでも水で薄められていない酒は久しぶりだ。
「一応聞くがお前さんズウォレス人なんだよな? それとお前さんどっから来たんだ?」
「ああそうだ。住んでるのはウィール村、ここから西に行ったところにある。俺はそこから来た」
「あそこか、ベルトムントの糞野郎共がかなり多いって聞いてるぜ」
「確かに多いな。ズウォレス人は殆ど仕事も土地も取られてるよ。ズウォレス人がどれだけ生き残ってるのかわかりゃしない」
「あいつらのツラ見てるだけで吐き気がするぜ」
男達と話してみて分かったがやはりというべきかベルトムント王国の人間はとてつもなく嫌われている。
だがまあ当然であろう、かつては敵だったうえに、今や仕事も土地も奪われているとあれば恨まれるのも十分納得できる。
「まあようやく鬱憤を晴らせるときが来たんだ。前祝に飲もうや」
「鬱憤を晴らす?」
「……え?」
なんのことか全くわからず思わずシセルがそう聞いてしまったが、帰ってきたのは困惑した男たちの顔。
「シセル、アンタはフロリーナから何も聞いてないのか?」
「荷物を運べ……それ以外は聞いていないぞ」
「そ、そうか。ああそうだシセル!今日は泊っていけよ。金は要らん、少し話でもしようぜ」
どうにも変だ、そうシセルは感じていた。
「なあ、フロリーナって一体何者なんだ?聞かせてくれないか?」
「……」
「アンタら何か俺に隠してることあるよな?教えてくれないか?」
「…………」
シセルがそう聞いても、男たちは口をつぐむばかり。
一体彼らは何を考えているのか、シセルには全く理解できなかった。
「……シセル、お前に今言えることはこれだけだ」
「なんだ?」
「『ここに居てくれ』ことが終わるまで」
「それは一体──」
聞き返そうとした時、教会のものだろうか?
鐘の音が黒猫亭の中……いやパエサスの街中にけたたましく鳴り響いた。
音が反響しているからかわかりにくいがどうにも街中の鐘が同様に音を発している。
普通の定刻を伝えることとは違うその音は、何らかの合図の様にも感じるが……
「今のは……」
鐘が鳴り終わった後、不気味なほどの静寂が訪れる。
そして……
「何だ!?」
「空から岩が降ってきたぞ!?」
街中に響く轟音と共に街の人間のものと思われる悲鳴があたりに木霊する。
やがてその音は黒猫亭のすぐ近くからも聞こえ始めた。
建物が崩れる音、悲鳴、それらがないまぜになった不快極まる音が。
「なんだ?何が起こってる?」
シセルが震えながら視線を男達に移す……
そして見えてきたのは狂気に満ちた彼等の笑顔。
「俺たちの悪魔に乾杯!!」
「ズウォレスに栄光あれ!」
杯が割れるほど強く打ち合わせる彼らを見て、シセルは察した。
──こいつらベルトムントに戦争を仕掛けるつもりだ……!!
「シセル、お前は……おい待て!!」
「ほっとけ。あいつは何も知らないようだしな」
降りしきる岩の雨の中をシセルは全速力で駆け抜けた。
自分の住んでいたウィール村目指して。