第49話
同日深夜、海上のズウォレス軍船舶内部にて……
「………………」
ボロ雑巾のようになったトルデリーゼが樽に首だけ出して入れられていた。
ズウォレス兵が乗る船に牢屋などの設備が無い為、致し方ないことではあるが……
「よう。トルデリーゼ……だったか? 随分やられたな」
「…………」
殴られ犯され罵倒され身動ぎ一つとれないほど船の上で散々痛めつけられた彼女だがまだ息がある。
シセルは聞きたいことがあり近寄ったが正直後悔した。
彼女の顔面は痣と血と誰かの精液で汚れに汚れていた。
とてもではないが見るに堪えない。
「お前に聞きたいことがある。フロリーナを射ったのはもう一人の仲間だと言ってたがどんなやつだ。正確な情報を寄越せ」
「…………水」
「あ?」
ようやく口を開いたかと思えばこれだ。
「水をくれ……」
「……いいだろう」
シセルは革袋をトルデリーゼの口に持っていった。
自分の手で持つことは出来ないだろうし、そもそもシセルも樽から出すつもりもない。
「げほっげほっごふっ」
「えずいてないで答えろ。どんなやつだ?」
盛大にむせ返る彼女だったがお構い無しに質問する。
「……名前は……知らん。だが異名なら知っている……『ズウォレスの黒狐』そう……呼ばれていた」
半ば喘ぐように吐き出されたトルデリーゼの言葉に、シセルは顔をしかめた。
「そいつの面は? どんなだ?」
「皺まみれ……の老人……髪は白髪……半開きの目は青い。背丈は……今のお前くらいだろう」
「…………そうか」
「聞きたい……ことは……それだけか?」
「ああ」
だったら休ませてもらう、トルデリーゼはそれだけ言うと目を閉じた。
死んだかと思ってシセルは樽から出ている首に手を当てたが脈はしっかりある。
生きているのは間違いない。
「じゃあな」
それだけ言うとシセルは外へ出た。
外へ出たシセルが見たのは甲板で雑魚寝する兵士達の側で座り小さく竪琴をひくフロリーナの姿だ。
ゆったりとした曲調のそれは……おそらく子守唄。
ーーただこうしてる分にはただの女なのにな。
目を閉じて竪琴をひく今のフロリーナからは母性のようなものすら感じる。
「やぁシセル。『彼女』との会話は楽しかったかい?」
ーー聞いていたのか。
「ああ、お陰で有益な情報が聞けたよ」
「『ズウォレスの黒狐』のことか?」
閉じていた瞼を開き、真っすぐにシセルを見つめるフロリーナ。
「話してくれるか? なんで敵に『ズウォレスの黒狐』を名乗る人間がいるのかを」




