第4話
翌日正午……
「ああクソ、遠いな畜生……」
長い黒髪の毛先から汗を流しつつ膝に手をつくシセル。
ただの荷運び、そう言っていたフロリーナをシセルは恨んだ。
フロリーナに言われて辿り着いた場所はシセルの村から東に進んだ場所にあるパエセスと呼ばれる都市。
かつてはズウォレス人が住んでいたこの都市も今ではベルトムントの人間が住む街と成り果てている。
人々は活気に溢れているものの、シセルにとっては不快でしかない。
──街の景色も大分変わったもんだ。
かつて何度か訪れたことのあるこの街だが、シセルが知る街並みとは随分と違っていた。
石畳にはベルトムント王国の意匠がみられ、建物は2階3階と上に伸びる。
発展はしているがもうここはズウォレス領ではないのだと嫌でも自覚させられる。
「……行くか。そろそろ時間になる」
背中に背負った荷袋にはフロリーナから受け取った荷物がある。
陶器でできた猫の置物だが……これがまた少し重量がある。
もともと兵士だったシセルも少し辛いものがあった。
「いざとなればこいつの出番だが……接近戦じゃ俺の分が悪いだろうな。そこはもう運任せだ」
相手の出方次第にはなるがシセルは持っている長弓と矢をいくつか持ってきた、争いごとにならないように祈ろう。
そう思いながら目的地である『黒猫亭』へと向かった。
「ここ……か?」
歩き通して教えられた場所まで辿り着いたシセル。
目的地は二階建てのボロボロな煉瓦造りの家だった。
腐りかけた看板の名前を確認する。
看板に書かれていたのは間違いなく『黒猫亭』という店の名前、フロリーナの話では宿屋のようだ。
「ごめんください」
意を決して入ってみる。
中にはなにやら目つきの悪い男たち複数人集まり机を囲んで地図を睨んでいた。
「アンタは誰だ? 何しにここに来たんだ?」
男達の一人が訝しむような視線を向けながらシセルにそう聞いてきた。
「俺はシセル、フロリーナって女に荷運びをするように言われてきたんだが……知ってる人間はいるか?」
フロリーナからは『黒猫亭にいけば後は私の名前を出すだけでいい。それで分かる』などと事前に言われていた。
だから実際に名前を出してみたのだが……彼らは顔を見合わせて皆一様に真剣な眼差しで何やら話をし始めた。
「えーと? 俺はどうすればいいんだ?」
痺れを切らしてシセルは一番近くにいる男に尋ねてみた。
「ああすまん。フロリーナだな。この宿にいる人間は全員が良く知ってる。荷物はそれだな?」
「あ、ああ」
先ほどとはうって変わって満面の笑みを浮かべる男。
どうにも薄気味悪い。
「中身は陶器の置物、底に葡萄の模様が彫られてる。違うか?」
「……確かに」
男の言葉に荷袋から出した置物を取り出して見てみると特徴が全て一致した。
「渡してくれ。どこから来たのか分からんが疲れただろう。そこの机であいつらと一緒に酒でも飲むと良い」
「ああ、ありがとう」
「…………」
シセルが酒を飲みに行くのを見届けた後、置物を受け取った男は黒猫亭の2階に上がっていた。
窓が存在せず机だけがある粗末な部屋には1階同様複数人の男たちが集まっていたが、下の男達と違うのは彼らは皆鎧と弓を装備していること。
「……来たか?」
「ああ」
短い受け答えの後、男は陶器の置物を床に叩きつけた。
「なんて書いてある?」
「…………」
割れた陶器の中にあった物、それは一枚の鉄の札。
そしてその札にはこう文字が彫られていた。
『すべてのズウォレス人は弓を取り侵略者を打ち倒せ』と……