第35話
「まずフロリーナについてだが……あいつは普通の女じゃない」
「だろうな」
地下水道の壁に背中を預けてブラームと暇つぶしの会話。
荷袋は枕代わりだ。
「俺がフロリーナと出会ったのは5年前、ズウォレス王国が敗戦で終わった後だ。その時のフロリーナは娼婦だった」
「娼婦!?」
「声がでかいぞシセル」
思わず声が出てしまった。
まさかフロリーナが娼婦だったとは。
「ああ娼婦といっても高級娼婦だ。そこらの娼婦と違って貴族や軍の高官の御用達でな。ひとつ聞くがお前は『売国街娼』を知ってるか?」
「ああ知ってるさ。それにどんな風に言われてたのかもな」
「自国の人間からは『売国奴』だの『敵に股を開いた糞アマ』だの言われながらベルトムントに流れた女どもの呼び名だ。そしてフロリーナもその一人だった」
地下水道の湿った天井を見ながら、ぽつりぽつりと話をするブラーム。
「俺は軍を解体された後何処にも行き場が無くてな、そんな時にフロリーナに出会った。馬車に乗って横に汚らわしいベルトムント人の野郎を乗せながらアイツは俺を護衛として雇うとか抜かしやがった」
フロリーナの話をしているのにブラームは随分と不機嫌そうに喋る。
きっとその時の心境を思い出しての事だろうが……
「当時の俺は他の軍人と同じで売国街娼が大っ嫌いだったよ。人が汚いぼろ布着てる中、綺麗な服を着て、美味い飯を食って、ふかふかのベッドで眠ってる。そんな奴らが大っ嫌いだった」
「……お前の話になってるぞ。ブラーム」
フロリーナ本人が居なくて良かったとシセルは心の底からそう思った。
フロリーナと一緒だったらどんな舌戦が繰り広げられたのか想像するに恐ろしい。
「だがアイツは他の売国街娼とは違った。あいつは言葉巧みに一人の貴族に取り入って正妻になって、ズウォレス人にとって利益のある政策をとらせたんだ。メラント島の開拓もその一つだ」
「ほう……」
随分とフロリーナは頭を使って動いていたようだ。
「で、ここからがフロリーナが『悪魔』と呼ばれる所以なんだが……あいつは取り入った貴族の正妻になるために貴族の子供を産んだ」
「ほう……」
「そしてその子供が男ということ、フロリーナが愛人の中でも一番のお気に入りということで貴族はフロリーナをベルトムント人だと偽って結婚。そして5年後、今の戦争が起きた」
そこまで言った後、ブラームは黙り込んだ。
「ちょっと待て、まさか話はそれで終わりか?」
「察しが悪いなシセル。よく考えてみろ。フロリーナの周りに子供はいるか?」
「いや……居ないが……」
「つまり子供は置いてきたわけだ。で、反乱を起こしたのは貴族の妻。貴族が反逆者の血を引いてる子供を生かしておいてくれるわけないだろう?」
「あ……」
「あいつはズウォレスという国の為に、敵国の人間の血が混ざってるとはいえ己の子供を犠牲にしたんだよ」
半ば吐き捨てるようにそう言うと、ブラームは体を横にして眠りについた。
あとに残ったのは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるシセルのみだった。




