第32話
メラント島の戦いから三日後、ベルトムント王国の王城にて……
「てっきり自分だけ逃げ帰って来ると思って待っていたのだが……まさか死んでしまうとはなクラウスめ」
ベルトムント王が言葉と共にため息を吐いた。
「それどころか隊長格の人間が次々倒され指揮がままならない状態に陥ったとのことです。それも上陸前に」
集まった貴族たちが 口々に驚きの表情を浮べる中、ベルトムント王は重々しい口を開いた。
「ズウォレス軍の弓兵は優秀だというのは周辺の国は皆知っておるがそれでもおかしいな。一体だれの仕業だ?」
「……そう言えば聞いたことがあります。かつてズウォレス軍には腕利きの弓兵が居ると。ずる賢い狐のように逃げ回りながら弓を射る射手が居ると。兵士の間で異名も付いていました。確かーー」
「『ズウォレスの黒狐』か?」
そうです、と頷く貴族の男。
「安心しろ、その異名の持ち主は別の場所にいる。間違いなくな」
「は、はぁ……」
一体何を根拠にそんなことを言っているのか?
その場に居る貴族たちは全員思っただろう。
「話を戻すか。ズウォレス軍には優秀な指揮官が居るのだろう。そうでなければ解体した軍の人間を各地からまとめあげ組織的な攻撃を同時に仕掛けるなど出来るわけもない」
「まさかそんな」
「可能性が無いわけではないだろう? そこでだ。彼を使ってみようと思うのだ」
「彼?」
入ってこい、そう言いながらベルトムント王が手を叩くと一人の男が入ってきた。
深い皺と白い縮れた白髪と豊かな白い髭を顎に蓄えた老人。
腰に長剣を帯びているもののそれでもただの活力のないしわがれた老人のようにしか見えない。
「……誰なのです?」
「暗殺者兼偵察だ。軍と併用して使え」
「は、はあ……しかし役に立つのですか?」
どう見ても彼が役に立ちそうにはみえないのだが……
「問題ない。この男の強さは私が知っている。安心して連れていけ」
「分かりました。では行ってまいります」
「ああちょっと待て」
執務室に集まっていた貴族たちが出て行こうとした瞬間、ベルトムント王が呼び止めた。
「やっぱりやめよう。お前たちは逃げ延びた旧ズウォレス領の兵士と共に国境の守備に回れ。シャルロワ王国の方にもな。敵はズウォレス軍だけではないぞ」




