第3話
翌日……
シセルが藁を敷き詰めただけのベッドから体を起こすとそこには代わり映えのしない光景が広がっていた。
枝を組んでそこに土と水苔を敷いただけの家の天井、消し炭と灰の溜まった炉、水の入った甕……
シセルが森の中に作った猟師小屋兼自宅だ。
「朝飯……水……」
「ほら、ゆっくり食べると良い」
「ああ、ありが……」
差し出された何かを受け取ろうとして寝ぼけ眼を擦りながら思った。
──俺に話しかけた人間は誰だ?
この小屋に住んでいるのはシセルただ一人。
ここは森の中にある、わざわざ訪ねてくる人間がいるはずもない。
シセルは慌てて顔を声がした方へ向ける。
「目は覚めたかな? 酷い家だ。最初見たとき熊の巣かと思ったよ」
「……フローリア?」
「フロリーナだよ。忘れないでほしいな」
干した猪の肉を差し出してくるフロリーナの姿がそこにはあった。
綺麗な顔にいたずらに成功した子供のような笑みを浮かべている。
「……なんでここが分かった?」
「つけていたのさ」
──迂闊だった。
眉間を手で押さえながらシセルはそう思った。
しかしここまで道なき道を歩いて、熊や狼も出るような場所を女一人で歩いてくるとは随分と度胸がある。
「さて、ご飯を食べながら聞いてほしい。昨日の──」
「アンタと一緒に行くつもりはない」
フロリーナの言葉を遮り、拒絶の言葉を伝える。
彼女についていけば間違いなく面倒なことに巻き込まれる、シセルはそう確信していた。
「先に言われてしまったか。だったらこれはどうだ? 貴方に物を運んでもらいたい。それができれば報酬金を出そう。どうかな?」
「同じことだろう? アンタの目的地に誘い出される手順が変わっただけだ」
「誤解しないでくれ。本当にただ貴方を助けたいだけだ。こんな森の中でこんな暮らしをするのが本当に貴方にとって良いこととは思えない」
「…………」
「私の渡す物を相手に運んで貰うだけ。簡単な仕事だよ。金貨5枚出そう」
そういいながらフロリーナは懐から革袋を出しシセルに金貨を見せる。
「本当に俺のことを助けたいなら、その金を今すぐくれ」
「それは出来ない」
「なぜ?」
「私がいまここで金貨を渡すことは貴方の為にならないからだ。ただでこれを渡してしまえば、貴方はおそらくこれを酒か何かに使う気なんじゃないか?」
図星だ。
「金は労働と交換じゃないと駄目なんだよ。そうでなければ身につかない」
「そうかい」
うまいやり方だ、金に困っているのにつけこんで自分の要求を通そうとしている。
「で、どうする? やるかい?」
にっこりと笑うフロリーナを見て不安しかない、いいカモを見つけたような目をしているのも気になる。
だがシセルが金に困っているのは事実であり、フロリーナに協力すればこんな生活からもおさらばできる気がする。
「……分かった。その仕事請け負う」
毒を食らわば皿まで、不安は残るが受けてみる。
ーー最悪逃げてどうにかしよう。
「ありがとう。では早速明日にでも」
「? 今日じゃないのか?」
「今日はまだ、相手が目的の場所にいないからね」