第29話
地下で完全に眠っていたシセルだったがフロリーナに強制的に起こされ外へと連れ出されていた。
外は既に星の輝く深夜、死体の処理も翌朝まで中断している。
「これは……?」
そしてシセルはフロリーナから手渡された物を見て眉をひそめた。
小さな革袋に入れられていたそれの中身は暗闇に限りなく近い今は見ることができないのだが……
「『大麻』だ。要り様かと思って手配しておいたよ」
「……気が利くな」
どうやらシセルが薬と称してこれを使っていたのを知っていたようだ。
「だが使いすぎないようにな。これを使いすぎて廃人になったのを私は腐るほど見てきたから」
ーーこんな薬を頻回に使うような戦闘は御免被る。
突っ返そうとも思ったがシセルが人殺しに嫌悪を抱かないようになるということは恐らくないだろう。
大人しく貰っておくことにした。
「ありがたく受け取っておくよ。それで、これからどうなる?」
「このまま守っていても摺りつぶされるだけだから今度は攻勢に出る。本国に待機させてあるおよそ2千名の兵士の出番だ」
「ほう? 他にも兵士が居たのか」
ああ居たとも、フロリーナはそう言いながら笑った。
「この島に居る兵士たちは民間人の護衛と、囮だ。本国に待機した兵士達こそが本隊だ。こっちはある程度は平和になるだろうからその間に色々と準備をするぞ」
「準備?」
フロリーナが語った内容に、シセルは頭を痛めた。
「まずは密書をシャルロワ王国に送る」
「なるほどな」
シャルロワ王国……長年ベルトムントと領土や河川の問題で争っている国だ。
「うまくいけば味方を増やせる。うまくいけばな」
「たかだか反乱軍の指導者に王が指示を聞いてくれるのか?」
「そこはもう賭けだ」
あっけらかんと言われて頭を痛めた。
「賭け……ね」
「他にもやらないといけない問題が山ほどあるぞ。地下の施設の完成、食料の安定供給、戦術の見直し、兵器の開発、兵士が携行する食料の開発、既存兵器の製造……ええとあとは」
「もういいもういい」
放っておいたら無限に喋りそうなフロリーナを制した。
「まあ問題は山積みだが、ひとつづつやっていくさ。これからもよろしく頼むぞ。『ズウォレスの黒狐』さん」
「それは正確には俺のじゃ……ああもういい」
「はっはっは。ああそうだ、シセル。今回貴方が倒したという敵の指揮官、名前とかはわかるか?」
「ベルトムントの奴等が言ってたことが正しいなら、指揮官の名前は『クラウス』ってやつだ」
そうシセルが伝えると、フロリーナの表情が一瞬、ほんの一瞬だけ曇った。
「……? どうした?」
「ん? 何のことだ?」
ーー気のせいだったか?
もうフロリーナは元の何を考えているか分からない笑みを浮かべていた。




