第34話
夕暮れ時、黒布隊の男達に案内されたどり着いた場所に、シセルは苦言をていした。
「さすがにここはどうなんだ? まずくはないか?」
「都合がいいでしょう?」
黒布隊の男がいたずら好きな少年のような笑みを浮かべながらそう言う。
彼等が自分達の拠点としている場所、それはエルフィーの館の丁度真正面にある酒屋だった。
真正面にあるのだ、ズウォレスの兵士がいる拠点が、敵の頭がいる場所の真正面に。
「我々ズウォレスも同じことをやられたじゃないですか。メラント島で」
「ああ……」
シセル言われて思い出す。
炎と灰の戦い、ズウォレス軍がメラント島を拠点としていたとき、老人とトルデリーゼの二人組がフロリーナの暗殺を実行しようとした事件。
「あの時我々は対処ができなかった。我々も同じことを真似したんですよ。怪しまれませんし、館に勤める使用人がたまに店に来て情報も落としてくれる」
「言いたいことは分かるが流石に真正面はやりすぎだろう」
酒場の中は木の机と椅子が複数置いてあるだけ。
そしてシセルが今いる場所からエルフィーの館までは歩いて数秒という距離、近すぎる。
流石にこれには動揺を隠せない。
「まぁ、安心してください。飲みながら話しましょう。林檎酒でもどうです? シェフィールの名産品の1つです」
酒棚から瓶を取り出した男がシセルにそう聞いてくる。
「……ビールを」
敵国の名産品など飲めるか、そう考えたシセルはビールを頼んだが……男は構わず林檎酒を陶器の杯に注いでいる。
「どうぞ、酒の肴にチーズもありますよ」
「貰うよ。……何しにきたのか分かりゃしない」
机の上で頬杖をつきながら、シセルは出されたチーズを齧りながら杯を傾ける。
「さて話をしようか。今日は客が居ないからそのまま話す。まず貴方がお探しのエルフィーだが……地下に通路でもない限り恐らく目の前の館に居る」
急に真面目な話をし始めた男。
シセルも杯を置いて真面目に聞く。
「確証はあるのか?」
「フェーンでの戦いのときと同じだよ。奴は後方に隠れて出てこない。俺達がシェフィールで破壊工作を繰り返して戦果を上げ始めた頃からここを張ってるが、出入りしたのは一度だけだ」
黒布隊の男の言葉が本当ならどうやらエルフィーは相当慎重かつ臆病な人間のようだ。
だがシセルからしてみればこの状況は大変よろしくない。
「……館の内部の見取り図、あと見張りの数と配置は分るか?」
相手が出てこないのならばこちらから侵入して射殺するしかない。
内部の情報はシセルにとって喉から手が出るほど欲しいが……
「残念ながら俺達は内部の情報までは分からない。ここから先は自分で調べてくれ」
「自分たちの仕事を放置してこんな場所で酒屋やってるだけのことはあるな」
ブラームから貰った銀貨を置いて、シセルはその場を後にした。




