第24話
真昼のアーメルス村、シセルは老人と会っていた。
老人がシセルの自宅まで訪ねて来た理由は1つ、避難命令を伝えるためだ。
今回はシセルと老人の2人きり、酒も無しで真剣に語り合う。
近くシェフィールとの戦争が始まることを見越して、民間人を退避させる、その準備の為に。
「お前はカルラちゃん達を連れてベルトムント領に向かえ。逃げるんだ」
「……戦え、とは言わないんだな」
「今のお前じゃ黒布隊の一人にも勝てねぇよ。役立たずは要らん」
老人も随分と嫌な言い方をしてくれる。
だが実際シセルはもう黒布隊の人間には殆ど勝てる気がしない。
弓の腕、頭脳、心の強さも。
それを老人は理解している、そしてこう続けた。
「お前が1人殺してゲロ吐いてる間に、儂が育てた黒布隊の兵士は10人は殺す。お前が病んでる間にも動き続け、お前がくたばりそうになってる時でも戦えるだろうよ」
老人の馬鹿にするような口調に、シセルは黙って拳を握りしめた。
「お前も訓練してたようだが、生憎これからの戦場でお前の出番はない」
「……」
「ああそれとお前に渡した儂の異名も返してもらう。もう一度儂が『ズウォレスの黒狐』として戦場に名を馳せるんだ。胸が躍るわい」
「……」
──この糞ジジイが。
老人はただシセルを罵倒しているわけではない。
どうにかこうにかシセルに発破をかけて兵士として引き入れようとしているのである。
シェフィールとズウォレスではどうあがいてもズウォレス側の兵士の数が足りないからだ。
だがその手を食ってなるものかとシセルは何も答えず黙っていた。
そうして沈黙の時間がたっぷりと二呼吸分、ようやく老人は口を開く。
「さて儂はもう行く。現地で指揮をとらねばならんからな」
「ああ、そうかい。せいぜい死なない程度に頑張れ」
「あばよ」
「くそったれなジジイに乾杯」
半ばやけくそだった。
老人が帰り、暫く家の中で何もせず待っているとシセルのもとにカルラがやってきた。
そろそろ日も落ちる、一向に動こうとしないシセルの事をカルラは案じていた。
「シセルさん、大丈夫ですか?」
大麻と芥子の禁断症状でも出たか?
そうカルラは思ったがどうやら違うようだ。
「俺はどうすればいい」
「それは……」
「戦争になんか参加したくない。けどあいつら、ただの民間人でも容赦しないだろう。戦争の火種と憎しみをばらまいて終わりだ。でも正直ズウォレスなんかどうでもいい。俺はここを……アーメルスを元通りにできればそれで……」
こめかみを押さえながらそう語るシセル。
「両方叶えるように動けばいいんですよ。シセルさんになら、それが出来る」
「俺はただの兵士だ。それも元がつく。昔のような弓の腕も無い、あったとしても俺にどうにかするだけの力はない……」
「行ってください。ここで行かなかったら貴方は一生後悔すると思いますよ」
「……少し、考えてみる」
「はい。でももう時間はあまりありませんよ」
笑顔でそう言うと、カルラは外へと出て行った。




