第4話
アーメルス村近くの林にて……
短くなった黒髪を風に揺らしながら、シセルは弓を引き絞る。
目標は木陰にいる猪。
雄の成体だ。
──ああ糞……力が入らん。
昔のシセルならことも無く猪を射抜いて見せただろう。
だが現在のシセルにはそれが出来ない、。
弓を引く腕の力は落ちて、矢羽を持つ手が震える。
まともに狙いをつけることさえ叶わない。
──ええい。
シセルはしっかりと集中して矢を放った……いや放ったつもりだった。
だが弓から離れて飛んでいった矢はぶれながら猪とは違うところに飛んでいき……最終的には猪の隣の木に突き刺さった。
「糞がッ! なんで……なんでなんだよ糞が!!」
シセルをあざ笑うかのように逃げた猪、それがシセルの怒りを助長した。
挙句の果てには持っていた弓を地面に叩きつけ子供のように癇癪をおこす始末だ。
「シセルさん!? どうしたんですか!?」
シセルの声が聞こえたのだろう子供の面倒を見ていたはずのカルラが慌てて駆け寄ってきた。
「薬をやめて……もう随分経つ。けど今の俺はあんなデカい猪すらまともに射れない! 止まってるのに、あいつ、俺の面を見て笑いながら逃げやがった。馬鹿にしやがって糞が!!」
シセルは摂取し続けた阿片と大麻が抜けた後、気分の浮き沈みが随分激しくなったように思える。
カルラの目から見ても今のシセルはおかしく映る。
「落ち着いてくださいシセルさん。元の筋肉量とは違うんですから仕方ない事ですよ。ゆっくり元に戻していきましょう」
「ゆっくりだと!? もう半年だぞ! なんでこんな……ああもう最悪だ」
急に座り込んで、今度は泣き出した。
「俺には……弓だ。弓しかなかったのに……これでどうやって狩りをすればいい。どうすればいいんだよ……畜生、畜生」
薬の副作用、そして筋肉量の低下、元々人より優れた弓使いというのがシセルの誇りだったというのも精神を不安定にさせる要因にもなっていた。
──幻覚も見えているみたい。けど薬はあげられないし。シセルさんの力になることは……
カルラも半ばシセルの治療を諦めつつあった。
「……子供たちの所に行きましょう。大丈夫です。暖かいご飯もあります。優しい仲間も居ます」
「仲間……?」
「ええ。仲間です」
仲間、そう言われて思い出すのは女の顔。
金髪をなびかせながら青い瞳を細めて笑うフロリーナの姿だ。
「あのクソアマを……」
「シセルさん?」
カルラが座り込んだシセルの顔を覗き込んだ時、そこに見えた顔は激しい怒りに染まっていた。
「シセル……さん?」
このままここに居たらまずいのではないか?
特に戦闘に秀でているわけでもないカルラにそう思わせるほど、危険な表情だった。




