第61話
「早いお越しですな。貴女が……ズウォレスの代表か」
フロリーナとブラームがホルウェの港にたどり着くと、そこにはもうズウォレス人はただの1人も残ってはいなかった。
そこに居たのはシェフィール軍の兵士達……だけではなかった。
物資を運搬する大勢の人足、鎧の整備の為に連れてきたのであろう技術者、武器を売る商人、娼婦、挙句の果てには木箱に腰掛けて竪琴をかき鳴らす吟遊詩人のような人間まで居る。
ーーああ、これは。負けて当然か。
「貴女が……ズウォレス人の言うところの『悪魔』か。とてもそうは見えない。美しい顔をしている」
赤の絨毯と金の装飾の付いた机が置かれた場所に通されたフロリーナとブラーム。
そこには護衛数名と椅子に腰かけたエルフィーが待っていた。
「……お褒めいただき感謝の極み。ですが今は別の話し合いを」
「ああ、そうしましょう」
ーー若いな、もう少し歳を食ってるかと思ったが。
エルフィーは意外そうな顔をしながら席についたフロリーナに羊皮紙を取り出した。
「停戦協定の書面です。ライデンより西をもらい受ける。この条件を受け入れるならば、我々は無期限で停戦をしましょう」
「……そうですか」
受け入れる、最初から決まっていたことだ。
手渡された筆を受け取り、フロリーナは手を動かした。
「確かに。ああ、それともう1つ。これは停戦とは関係のない話なのですが」
「なんでしょう? 早くこのことを知らせねばならないのですが」
「まぁ焦らずに。これは私の個人的なお願いなのですが」
書面への署名、それが終わった後の細かな話し合い。
それらが終わった後、席を立とうとしたフロリーナにエルフィーは声をかけた。
「私の妻になっては頂けませんか? フロリーナ殿」
「は?」
「ふざけるな貴様ッ!」
あまりに突拍子の無い言葉、フロリーナは唖然と、ブラームは怒りをあらわにした。
「生憎冗談で求婚などしない。私は至って本気だとも」
「貴様ッ!」
「やめろブラーム」
ブラームが腰の長剣に手をかけた瞬間護衛達もそれに呼応して剣を抜き放つ、ブラームもブラームで、一切フロリーナの声に耳を傾けようとしない。
「諸君、剣を降ろしたまえ。で? いかがかな?」
エルフィーの言葉など気にも留めることなくそのまま席を立ってその場を後にしようとするフロリーナにもう一度尋ねた。
「無論お断りします。私には既に愛した夫がいます。それに……」
「それに?」
「悪魔を手元に置いて、災いを招きたくはないでしょう?」
振り返ったフロリーナの表情は酷く歪んだ笑みを浮かべていた。




