第15話
翌日の明朝……
「見張りご苦労。一杯やってくれ」
「ああ、ありがとう」
空が白けてきた時間、海岸で一人弓を持って座り込んでいたシセルの元へフロリーナが陶製のカップを持ってやってきて、隣に座る。
現在シセル達ははホルウェ港から北に進んだところにある島、メラント島へとたどり着いていた。
ホルウェ港から見えるような距離にその島はあったものの船を操るのは素人の船乗りばかり、初めての航海は散々な物だった。
途中操船方法を知っているフロリーナが仲間の乗る船に乗り移らなければ仲間の何人かは水平線の彼方へと流されていたことだろう。
およそ5千人という大量の人間を運ぶのにすべての船を利用して4往復もする羽目になった。
「お互い災難だったな。……っと、良い酒だな」
水平線を見ながら渡された陶器に入った酒に口をつけてシセルは驚いた。
中身はビールだったが飲む前から花にも似た香りがしていたが味もとても良い、酸味が強く、後に残るホップの苦味も最高だ。
「美味い。こんなに美味いビールは久しぶりだ」
「これは数少ないズウォレス人の醸造所が作った物だ。そしてその中でも上物、ホップと麦をわざわざ目で見て全部選別し手間暇をかけて作るものでね。気に入ってくれてなによりだ」
フロリーナは自分の事のようにそう説明し喜んだ。
その姿はまるでおもちゃを自慢する子供のような無邪気さ。
とても都市を無差別殺人させるよう指示した人物とは思えない、彼女がもし戦争さえなければどんな人間になっていたのか?
シセルはそう考えずにはいられなかった。
「ん? どうした?」
考えながらフロリーナを見ていると彼女は不思議そうに小首を傾げ顔を近づけてきた。
「いや、なんでもない。飲み終わったら矢を作るのを手伝ってくる。そろそろ見張りも交代だしな」
「いや、少しは休め。……とも言えんのがな」
「ああ……」
ホルウェ港の戦いで負傷兵はおよそ300人、死亡したのは60人以上にのぼる。
単純に全体の人数からすれば微々たる損害だろうが……
「貴重な元兵士が何人も負傷して死んだ。それに物資も少ない。本格的に休めるのはいつになるか分からん」
「そうだな……」
目下重要なことは食料が安定して提供出来ないことだ。
船で運ぶにも限界がある。
「まぁ、私に任せてくれ。なんとかしてみせる」
「ああ、頼んだ」
革鎧の尻に付いた砂を払いながらフロリーナは立ち去ろうとしたが、数歩歩いた所で立ち止まった。
「ああそうだ言い忘れていたよシセル」
「なんだ?」
「さっき飲ませたビールだがな、醸造所は3年前に潰れてる。ベルトムントから大量の安い酒が流れて売れなくなったせいでな」
思わず目を見開くシセル。
今となっては珍しい話ではないが……
「我々が戦うのは、ズウォレス人の文化や風習を守るためでもあるということを覚えておいてくれ。ではな」
「ああ」
先ほど渡された美味なビール、シセルはそれを見て心の中で祈りを捧げながら大切に、大切に嚥下した。




