第60話
フロリーナが停戦の申し入れを受けに行く準備を始めた頃、シセルと老人、そして追撃に出ていた兵士達がようやくフェーンに帰還してきた。
「シセルは?」
「目が覚めたとしてもマトモな頭してるのかは分からん」
兵士に背負われているシセルの姿を見てブラームとフロリーナは唖然とした。
口の端から涎を垂らし、青い目は虚ろに開いたまま。
恐る恐るブラームがシセルに触れてみる、全身脱力していて、肌は冷感が強い。
「ライデン城あたりから的を外す回数が多かったから嫌な予感はしてたが、まさかこうなるとはな」
そう言う老人の表情はどこか悲しそうであった。
皺まみれの顔で目を伏せる。
「これからどうする? お嬢ちゃん」
「……これ以上の戦闘はズウォレスだけでは無理だ。シェフィール側から停戦の申し入れがあったから、今から向かう」
「そうか……」
フェーンにいるズウォレス人の姿を見れば、そうせざるを得ないということは誰にでも分かった。
誰もがうつむき、仲間の死体の横で涙を流している。
兵士の士気は当面の間上がりそうもない。
「私とブラームだけでいく。後の事は指示してある。我々が帰ってこない場合、もしくは攻められた場合ベルトムントへ落ち延びてくれ」
「分かった」
フロリーナとブラームはそれだけ言い残すとホルウェに向かって逃走用に確保していた馬に2人は乗り、走らせた。
「手綱は俺に任せて、お前は眠れ。化粧道具と飯は持ってきたか?」
馬を走らせるブラームが前に跨がるフロリーナに声をかける。
「ある……」
「こっちに渡せ。俺が背負う」
後生大事に握っていた荷袋をブラームに渡し、フロリーナはもたれかかった。
「寝てろ。少しでも身体に負担がかからないようにするんだ」
「いや、折角だからちょっと喋りたい。話し相手になってくれないか?」
フロリーナは瞳を閉じながら、ひどく穏やかな声でブラームに語りかける。
「思えば長い付き合いだな。私とお前は」
「ああ……ずっとお前に振り回されっぱなしだった。大人しくベルトムントに尻尾振ってればまだ楽に死ねただろうに、お前って奴は」
「そうかもしれないな……ははっ……」
脇腹に血が滲み始めたのを見て、ブラームは悟った。
フロリーナはもう終わる、と。
「……もう、駄目なのか?」
「分かるだろう?」
分かりたくなかった。




