第58話
フェーンでの戦闘が終わったあと、逃げるシェフィール軍に追撃をしていたシセルと老人だったが現在は一緒に居た。
老人はシェフィール兵に追い回されてこそいたが結局傷一つない状態、だが一方でシセルは……
「おいしっかりしろシセル!! ここで寝るな!」
「…………」
シセルは老人の背に担がれながら青白い顔で口の端からよだれを垂らして目を閉じていた。
阿片の副作用だろう、ピクリとも動かない。
老人はシセルを担ぎながら急ぎフェーンを目指す。
「糞が……だから使うのはやめておけとあれほど言ってただろうに……」
弓、装備も含めてかなり重い、老体には堪える。
「ご先代様! シセルさんは!?」
「阿片の使いすぎだ! すまんが運んでくれ!」
これ幸い。
フェーンから残党狩りにやってきていた1人のズウォレス兵が駆け寄って来てくれた。
「シセルさん! ああなんてことだシセルさんまで……」
「まで?」
「フロリーナ様も負傷なされたのです。現在はブラームさんが指揮を」
ーーあのお嬢ちゃんが負傷したのか、まずいな。
老人は思わず自分の白髪を掻いた。
今、国の代表が負傷するのは不味すぎる。
「奴等、シェフィールはどこに?」
「分かりません、偵察まで手が回らないのです。負傷兵の手当が」
「どこもかしこも死体の山か。仕方ない、フェーンまで戻るぞ」
「はい!」
「ああ痛ぇ……痛ぇよ糞が……」
一方、フェーン。
夜が明けるにつれその惨状が明らかになった。
石畳の上には雪と一緒に黒ずんだ血がぶちまけられ、誰のものかも分からない腸が落ちている。
頭を割られた子供の姿、包帯を巻いたまま倒れ冷たくなった死体、うめき声に助けを求める声……
「誰か、俺も助けてくれ」
「母さん! 母さん!!」
みっともなく母親の名前を呼ぶ者も居たが空しく木霊するのみ。
「助かる奴だけ助けろ。死にそうなやつは放っておけ」
「ブラーム! あんたは俺の子供を見捨てろってのか!? ふざけんじゃねぇぞ!!」
負傷した兵士の手当をしながら、ブラームは子供を抱えた兵士からの怒号に耐えていた。
「いきなり戦場に駆り出されて、弓を握って、向かってきた豚に矢をぶち込んで、国の為みんなの為に戦った! その対価が自分の子供を見殺しか!?」
「落ち着けよ」
「糞野郎が! フロリーナにくっついてるだけの糞野郎が!」
キレた。
負傷兵を他の兵士に任せたブラームは子供を抱えたズウォレス兵……いやズウォレス人に掴みかかる。
「助けたい奴なんて俺だって山ほどいた!! けど無理だった! どいつもこいつも血反吐吐いて虫けらみたいに死んでったからな! 腸引きずりだされて『クソッタレ』と叫びながら皆死んだ!」
ブラームの剣幕もそうだが、そのズウォレス人が一際心を打たれたのはブラームの目からとめどなく流れる涙だった。
「助けられるなら俺だってそうしてる! ここまで同じ目標を目指して歩んできた仲間だなんで見捨てられると思うんだ!」
「あの……ブラームさん」
「なんだ!?」
殴りかかる勢いのブラームに、おずおずと話しかけるズウォレス兵。
「こっちに来てください」
「……分った」
何か用事だろう。
ブラームも個人的な感情をぶつけていい状況じゃないのは理解している。
「お前の気持ちだってわかる。だけどその子はもう助けられない。分かってくれ」
「……畜生……畜生め!!」
去り際に子供を撫でた。
肩から下腹まで切り裂かれた子供を……
「それで、見せたいものってなんだ?」
「これを」
兵士に連れられるまま、ブラームはある建物の近くまで来た。
兵士が指さす方向に居たのは……
「ああ……クソッタレ」
折れた槍が突き刺さったまま体から血を流し倒れたラルスの姿だった。




