第35話
隠し通路で土を固めただけの地面に横になり眠りについた老人だったが、ある程度時間が経ったとき不意に目が覚めた。
ーーなんだこの独特な甘い臭いは……
周囲に目を向け、老人の視界に入ってくるのは既にほぼ消えて光を失いつつある焚火と空気穴から差し込む光、そして……
丸めた葉に砕いた大麻を入れて火をつけて吸っているシセルの姿だった。
「おいシセル。儂まで中毒にするつもりか? それはやめろ。戦闘前だけにしておけ。いやそもそも使うな」
「…………」
「おい聞いているのかシセル」
シセルからの返事はない。
一気に機嫌が悪くなった老人は起き上がり、シセルの肩を持ってがくがくと揺らした。
「ん?」
するとシセルは持っていた大麻を落とした。
拾おうともしていない。
「おいシセル」
「…………」
ーーおいおいおいおいおいおいおいおい……
老人が恐る恐るシセルの顔を覗き込んで、驚いた。
まず血の気が無い、青白い肌はまるで病人のようで見開いた青い目は小刻みに揺れ焦点が合わない。
幻覚でも見ているのだろうか?
「おいシセル。シセル。こっちだ、こっちを見ろ」
「あ……ああ」
「気が付いたか?」
目の前で白髪の老人が何やら喚いている。
ーーああ、なんかもうどうでもいい。
大麻の副作用だろうか?
今のシセルはとても無気力で、体に力が入らない。
老人があまりにも肩を揺らすから長い黒髪が顔にかかってうっとおしい。
「静かにしてくれジジイ」
何もやる気が起きない。
そもそも自分は何をしようとしていたのか?
シセルの頭の中に一つの考えが浮かんできた。
ーー寝よう。目を閉じて楽になろう。
「おいシセル! シセル!」
シセルを無理やり揺り起こそうとする老人だったが目を閉じたまま起きようとしない。
目を覚まさないシセルに少しの間老人は心配していたが彼が寝息をたてはじめたのを見て離れた。
「……儂も昔、痛み止めで『コイツ』を使ったこともあるがこんなになるまで使ったことはないぞ」
2年前の戦争中は湯水のごとく大麻を使っていたシセル。
戦争が終わってからは使用頻度もかなり下がってきて、落ち着いているように見えたのだが最近また使用頻度が上がってきている。
「戦争さえなけりゃ、儂らは普通の人間として暮らせたのかね……今となっちゃいった所で意味は無いが」
足元に転がるシセルが持っていた大麻の吸い残し。
老人はそれを踏み消した。




