第29話
ライデン城にシセルと老人がたどり着いたのと同時期、フロリーナ達は……
「各地へ伝令を、5日後の夜、同時に攻撃を行う」
ズウォレス共和国の北東部、パエセスと呼ばれる都市のはずれにある地下水道跡にて、フロリーナ達は他の兵士達と共に潜伏していた。
濡れた土と入り口から入ってくる冷気で凍えながらも敵に見つかる可能性もあるため火が使えない。
ーーまたこの場所に戻ってきたか。
フロリーナは心の中で呟いた。
現在他の兵士達と共に身を寄せ合っている場所は、2年前ベルトムントに反旗を翻した時にシセル達と一緒に居た場所だ。
武器は隠してあるし、定期的に保存食も運び込んではいたが……やはりというべきか湿気で傷みやすい上に虫が湧いている物がほとんどだ。
ーーシセルは生きているのか?
所々に蛆が沸いた石のように固いパンを食べながらフロリーナは遠くにいるシセルの事を思い出していた。
人を殺すたびに反吐を吐く、複雑な兵士の事を。
「お母さま」
「ディートリンデ。どうした?」
そんな事を思っていると、フロリーナの元にディートリンデがやってきた。
「イグナーツは眠りました」
「歩き詰めだったからな」
そばに居るのはフロリーナの子供、ディートリンデとイグナーツ、そして兵士達のみ。
だがディートリンデがフロリーナに向けてくる視線はとても酷い。
まるでごみを見るような目でフロリーナを見てくる。
口調もまるで報告に来る兵士のよう。
「ディートリンデ、言いたいことがあるならはっきり言え」
「言ったではありませんか。既に戦争は決着したのになぜあんな真似をするのかと」
ディートリンデはベルトムントの惨状を見て帰ってきた後、ずっとこの調子だ。
帰ってきて開口一番に質問と批判と非難の嵐、ようやく落ち着いたかと思ったら今度はずっと態度が酷い。
「仕方が無かった。そしてこれは我々がやられてきたことをそのまま返しているだけ。我々は何も悪くない」
「仕方がない、悪くないという割には私には一切情報を伏せていたではありませんか。後ろ暗い感情が無かったと私の目を見て言えますか?」
図星だ。
「……それは」
「おいフロリーナ、家族の団欒はまた今度にしてくれ。今はこの馬鹿のケツを拭くことを考えろ」
地下水道の中で身を寄せ合う兵士達の中から2人の兵士が出てきた。
ブラームとラルスだ。
「とりあえず今は黙ってろ。もう戦争中だ、何が原因で人が死ぬか分からないんだからな」
「ですが……!」
「いいことを教えてやろう。ある戦争では死んだ兵士の殆どが味方に殺されたそうだ」
ブラームは口角を吊り上げて笑う。
「そうならないように訓練しちゃいるが。なかなか難しくてな。特に俺たちは矢を使う、遠距離から相手の顔も確認できなくて誤射が無いとも限らないからな。お前も気を付けると良い」
「…………」




