第16話
3日後の正午、エムレ河にて……
「この橋を渡れば、いよいよお前の故郷だ。覚悟はできたか?」
ベルトムントとズウォレスをつなぐ泥で汚れたエムレ河にかかる一本の石橋、エムレ橋。
シセルとディートリンデ、それにトルデリーゼはそこにいた。
シセルはその青い瞳を細め、トルデリーゼは張り付けたような無表情、そしてディートリンデは固唾を飲んでエムレ河の向こうにあるベルトムントだった場所を睨んでいた。
「私の覚悟はとうにできています。行きましょう」
「いいだろう、お前はどうだ? トルデリーゼ」
「ズウォレス人、私は既に故郷がどんな状態か知っている。覚悟も糞もない」
2人の覚悟を見たシセルはすり減ったブーツの踵を鳴らし、エムレ橋を渡っていく。
「……番兵は何処に」
「そんなものはない」
恐らくディートリンデがここに来たときには、番兵が居たのだろう。
今はそんな人間はどこにも居ないが。
「そら、見えてきたぞ。これがお前の見たかった故郷だ。これがお前の母親のやったことの結末だ」
橋を渡りベルトムントに一歩足を踏み入れたシセルが、まるで演劇のように芝居がかった口調で両手を広げて見せる。
「え……?」
ディートリンデは見えてきた光景に言葉を失った。
「ズウォレス人、お前はやっぱり悪趣味だな」
「……黙れ」
彼等が見たものはどこまでも続く土が剥き出しなままの土地と、道端に倒れている骨がこれでもかと浮き出て痩せたベルトムント人の死体の軍勢。
腐臭が漂っているが、不思議なことに犬もカラスも集まっていない。
「ズウォレスとシャルロワとの戦争が終わった後、ベルトムントはシャルロワが統治することになった」
「…………」
話ながら歩くシセル、ディートリンデは目を見開いて黙っていた。
「統治方法はフロリーナが提案した。住民を強制的に農地に移動させて出来た作物はベルトムント人に平等に分け与えるからと言って全て没収」
ディートリンデにそう説明しながら、シセルは小さな腐乱死体……恐らくは男の子のものだろうか?
その前にしゃがみこんだ。
「だが没収した作物はベルトムント人が生き残るのに冬を越えるのに不足するような量しか支給せずあとはシャルロワとズウォレスで仲良く中抜きだ。農夫の数が足りていないのにズウォレスに餓死者が居ないのはつまりそういうことだ」
「結果共食いが横行した。幼い子供や女は真っ先に狙われてな。『今日人の肉を食わなければ明日はいきられない』そんな言葉が言われるほどに」
欠損した死体は尻の肉、腕、頭の骨が割られて脳味噌が引きずり出されている。
食糧が不足した結果、あらゆるものを食べようとしたのだろう。
欠損していない死体が殆ど無いのだ。
「先に行こう。きっと首都に近づくにつれて酷いもんになる」
吐き気を抑えながら、シセル達は進んだ。




