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始まる前に死んだ主人公

作者: 漆黒の光

「さあ殺しましょう殺してあげましょうそれが貴方のお望みならばそれがあなたの本当に望むことならば私があなたを死に導いてあげましょう一切の手加減もなく一切の慈悲もなくなぜならそれが貴方にとって最初で最後の最高の慈悲なのだからさあ舞いましょうさあ踊りましょう私と貴方のどちらかが果てるまでさあさあさあさあさあ早く早く今この瞬間にでも始めましょう早く始めないと私が狂ってしまうではありませんかだから早く早く早く早く早くもう私は待ちきれないのです待たされているこの瞬間にでも貴方を貪りたいのですよですからですからですからですからからからからからからからから貴方の骨の髄まで吸い尽くすことを誓います貴方の精魂を吸い尽くすことを誓いますだからだからあなたは急いで私の契りを結ぶのですそうでなければ狂ってしまう狂ってしまう狂ってしまいます貴方という甘美な蜜を前にして私は来るってしまうではありませんかだから貴方と私だけの貴方と私だけの舞踏を貴方と私だけにしかできない舞踏を貴方がいけないのですよそんなに力を持ってしまっているから貴方が悪いのです貴方が貴方が貴方が貴方が貴方が貴方が貴方が貴方が貴方が貴方が……………………………さあ、始めましょうか。命を賭けた、最凶の狂宴を」

「…………」


唐突に。

本当に何の脈絡も雰囲気もお膳立ての欠片も無いぐらいに唐突に。

少年は、まだ歳が十もいっていないであろう少女に、狂っている表情で絶叫じみた狂言をぶつけられた。

勿論少年はこんな歳の差のある異性に友人などいないし、それに類似する知人もいない。

年下の異性に気圧されてしまった少年は一、二歩後ずさり少女の顔を一瞬遅れて険しい表情で睨み付けた。

どこにでもありそうな少女の顔。それに狂気が自然に張り付いている、少年はそんな感じがした。

夕焼けがアスファルトの地面のついでに、少女の顔を赤く照らす。

それがまた、少女の狂気を増長させているようだった。


「ほらほらほらほら、速く得物を構えなさい。でないと私が殺してあげますよ」

「…………」


少年は、その言葉に答えなかった。

いや、答えられなかった。少女の言葉自体の意味が理解できなかったのだ。

<えもの>といわれた所で少年には何も指しているのか分らなかったし、少女が何を望んでいるのかも分らない。

そもそも少年と少女は初対面だ。こんなに馴れ馴れしく話しかけられる覚えは無い。


「なぁ人違いじゃないか? 俺は君とあったことはないし話したことも無い」

「きゃははははははははははははは、そんな戯言言ってると、本当に殺しますよ」


少女はどこにそんなものをしまっていたのか、背中から大鎌を取り出した。

闇のように深く、禍々しい大鎌。

その大鎌が日光を受けて不気味に輝いていた。

そして、その大鎌がゆっくりと少年のほうへと向けられた。

ドクン、と大きく心臓が高鳴り、緊張が高まる。


「だから、何言ってんのかわかんねぇって!」


少年は初めて目にし、初めて向けられる刃物に内心恐怖しながらも、少女に怒鳴りつけた。

吸いつけられたように少年は少女の瞳から目を逸らす事は出来ず、背を向けることも出来ない。

膨大な殺気、というものだろうか。それに少年は当てられ、体は本能のままに竦む。

自然と、癖で拳を握っていた。

やばい、と直感が最大音量で警告を鳴り響かす。

刹那。

ゆらり、と少女の体が二重に三重にぶれて、霞む。


「っ!?」


背筋が凍るような悪寒がした。

体が危機を感じて反射的に横へと跳ぶ。受身を取ることすら考えずに、ただ体は足のバネを活かして全力で跳んでいた。

軽やかに地面を蹴る音が聞こえてきたのは、その直後のことだった。

しゃりん。

澄み切った鈴の音がなった。


「死になさい」


託宣を告げる預言者のように少女のつむぎだした言葉は、少年の心を突き刺した。

しゃりん。

二度目の鈴の音。

その出所は少女の手にしている大鎌に装飾されている血塗られた鈴だということを、少年は目で見て理解する。

大鎌が、罪人を処刑するかのごとく少年へと迫る。

斬! と弧の軌跡を残して空を切りながら、振りぬかれた。

鮮血が、僅かに舞う。


「やはりあなたはいいですねたまりません私の目に狂いは無かったようです」


あああ、と恍惚の表情で少女は言った。


「がっ!?」


遅れて少年の体が硬い地面に叩きつけられる。一瞬にして酸素が肺から搾り出された。

少年には何が起こったのかわからなかった。

気づいたら自分の体は跳躍していて、気づいたら自分は地に伏している。

背中の鈍い痛みと、胸部の鋭い痛みが少年を襲う。

それでも少年は弱る体に喝を入れて無理やり立ち上がる。


「はあ……くっはぁ……」


幸いなことに胸部の傷は浅い。

あの時、少年は咄嗟に跳んでいたから薙ぎの軌道上から外れ、皮一枚だけですんだのだ。

もし……と思うと、少年の体は竦む。


「くそっ!」


先の一連の動作から少女の異常さが知れた。

無論、精神の異常は分かっていたし大鎌をもっていることから普通の少女とは思ってはいなかったのだが。

それでも、少年にとって予想外であることには変わりは無かった。

いくら異常でも相手は人間だ、危なくなったら逃げれば問題ないと高を括っていた。

その選択が、命取り。

中途半端に備わった身体能力が、決断を鈍らせたのだ。


「お前は、誰だ」

「私? 私の正体を聞いてどうするのどうするか教えてくれるのあなたは今から殺されて死んでしまうのに」


少年は再び、今度は覚悟を決めて、少女を睨み付ける。

それに呼応したのか、少女もゆっくりと鎌を少年に向けた。

視線がぶつかる。


「俺はしなねぇよ」

「あらあらまあまあ私があなたを殺すのにあなたは死なないと? それは愉快愉快愉快ならあなたは生き返りでもするのかしら」

「しなねぇから、教えろ。お前は、誰だ」

「きゃははははははははははははは、馬鹿ですか貴方は教えるはずがないでしょうそのくらい分からないんですか貴方のその低俗な脳みそでもそのくらいは分かると思いましたが」


少女は、狂喜した。

それを、少年は油断なく見つめる。

信じられない程の狂気に少年は侵される感触を覚えて鳥肌が立つが、それを意識の外に放置して、見つめる。

射殺すように、見つめた。


「その目その目いいですねいいですよ私はその目が大好きです流石ですね」

「……」

「あらあらだんまりですか困りましたね……余裕がないのはわかりますが、楽しみましょうよ」


といっても貴方が楽しめるはずないんですけどね、と少女は悪戯をしたときのような顔で笑った。

それに。

その少女の言動に、少年は答えない。

答えることに気力や集中力を割いてはいられなかったのだ。答えればその分だけ気が緩む。

胸部から垂れている血は少年の着ているTシャツを生臭く染め、肌とTシャツがべっとりと粘着している。

全身から吹き出る冷や汗は衣類に付着し、これも肌と接着する。

だが、それにも少年は気づかない。気づいていられない。

表情は強張り、全身の筋肉に力を入れ、拳を上げる。そして、少女の一挙手一投足に目を向ける。

それ以外を、少年は意識の外へと追い出していた。


「私と戦う気ですかこれは滑稽滑稽貴方程度が私にかなうはずがないと分かっているくせに。私が得物をもっていなくともかなわないと頭が理解しているくせに」

「……」


それにも少年は答えない。

アドレナリンが胸部の痛みを消し、時間が背中の鈍痛を消す。

ぐっ、と今まで以上に拳に力を入れる。


「きゃはははははははははははははははは」


少女が奇声を上げる。

それに体は反応して熱くなっていく。

しかし、それに比例するかのように精神は凪いでいた。


「きゃははははははははははははははははは」


眼前の少女は笑う。

狂ったように、何かに憑りつかれたかのように、笑う。

それは。

それは、酷く不気味な笑いだった。

少年の恐怖を引き起こすように、何十にも反響し、耳へと入り込む。


「じゃ、いくね」


宣告が――下された。

しゃりん!

三度目の鈴の音が、少年を黄泉路へと誘うかのごとく強かに鳴り響く。

風を切る音、大地が爆ぜる音を携えて、少女は特攻してくる。


しゃりん!

一撃目の薙ぎの軌跡は屈んでかわした。

髪を数本持っていかれ、恐怖がまた一段と少年の体を支配する。


しゃりん!

二撃目の切り上げは転がってかわした。

一瞬でも目が離れ怖気が走る。慌てて少女に視線を戻すと、ニィと笑っていた。


しゃりん!

三撃目の切り下ろしは前転でかわした。

刹那に体に当たる破片。アスファルトを抉った事は容易に想像できた。


しゃりん!

四撃目、再度の切り下ろしは――かわせなかった。

先の失態を埋めるかのように胸部を深く深く抉り、体の構造を無慈悲に破壊していく。致命傷だった。

激痛が体中を駆け巡り、少年は地面をのた打ち回る。

意識が黒で塗りつぶされるが、激痛でまた強制的に呼び戻される。

悲鳴を上げる暇すらない。


「やはり無駄でしたね無駄だと分かっていたんですけどねどうせあなたには私に勝てるはずがないことぐらい誰でも分かりますよええ分かります」


少年はあまりの力の差に愕然とした。

最初の一撃、次の三連撃は反射神経で辛うじて、避けれた。

そう、避けれたのだ。

だとすれば、反射で体が動けば大鎌が自分の身体を捉えるよりも先に回避が出来る。

そう、少年は曲解した。

そう、曲解した。読み違えたのだ。

その結果として、四撃目で――捉えられた。

そのことは、少年に自分は大鎌が回避不可能だということを悟らせるのに十分だった。

少年は少女には勝てない――そう理解すると、少年の身体は竦んでしまう。

狩る少女と。

狩られる少年。

平和帝国日の本において、少年の生殺与奪権は少女に握られていた。

周囲には何の因果か人っ子一人いない。


「――――――」


少女は何が愉快か一頻り笑った後、嘲笑うように一度だけ苦悶している少年の顔を見つめた。

そして鮮血に塗れた大鎌を大上段に振りかぶる。刃から血が滴り少女の端正な顔が一筋紅に染まる。

そして


「さようなら」


一言告げ、何の躊躇いも無く振り下ろした。

その軌跡は狙い違わず少年の首を捉え――

しゃりん。

儚げに、少年への手向けのように鈴の音が鳴った。


――――その日、少年は死んだ。



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