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わたしの職は未確定  作者: 間宮冬弥
8/9

白い部屋にて


「なになに!?」

 響きわたる謎の声。それがふたつ。わたしの後ろから聞こえてくる。


「なになに!? なに!? 怖いんですけどぉ!」


 どんどんと近づいてくる透明な声と野太い声。


 そして……


「うぉおおぉおぉぉおおぉおぉおぉお〜〜〜〜〜」

「うぉおおぉおぉぉおおぉおぉおぉお〜〜〜〜〜」

「ひぃィイィイイイィイィイイィィイ〜〜〜〜!」


 尻もちをついたわたしの脇を颯爽と駆け抜けたと同時に、風が吹き抜け、鉄球体が大きな音を立てて地面に倒れた。


「ちっ! 硬てぇな!」

「見た目通りだな! だが手応えありだ!」


 風が吹いたあと、そこにいたのはふたりの男の人。ひとりはミストさんのお頭さんと……もうひとりは……誰?


「大丈夫か?」

「あ、はい……」


 顔が整っていて……軽量の鎧がとても似合ってすごいかっこいいひとがわたしに声をかけてきている。


「立てるか?」

「あ、はい……」

 手をさしのべて来ている超絶イケメンとイケボな男性。なにこれ! どうしようすごくカッコいい!


「嬢ちゃん、ミストはいるのか?」

「あ、はい……木の上……!」


 倒れていたはずの鉄球体は……もう、立ち上がって……鉄球の手を振り上げて!


「危ない!」

 とっさに、ふたりを両手で押しのけて……


「勇者」

 メモリから声が聞こえて……


「ドレスアップ!」


 叫んで……


「ミナミィイィイィィイィイイイ〜〜!」


 ミストさんの絶叫と……そこからもうわたしの記憶と意識はなかった。


 ◆


「ミナミィイィイィィイィイイイ〜〜!」

「嬢ちゃん!」


 ブラムスとミスト、それを崖の上から見ていたミリアは声を上げた。


 鉄巨人の攻撃をまともに食らった突然現れた、蒼い鎧の少女は大きく吹き飛び、地面に落ち、まるでボールのように体が回転して転げ回る。


「やろう! やりやがった!」

「いくぞ! これ以上は誰も傷つけさせない!」

「みんなぁあああぁああああああ〜〜〜〜〜! 離れてぇえええぇえええ〜〜〜!」


 崖の上からミリアの声が轟きわたる。その声は泣きじゃくり悲しみが込められているようだった。


「お頭領、エクスハルト! 急いでミナミを運んで!」

「どう言うことだ! それに……この蒼い鎧の騎士は……あの時の」

「詮索はいいから、早く!」


 ミストはふたりに怒鳴りつける!


「ダメだミスト……」

「えっ……」


 ミストはブラムスの方の見上げる。見上げた先には鉄球体が再び鉄球を振り上げていた。


 ◆


「くそっ! あいつらがいちゃ万雷収束砲が撃てねぇ!」

 ブライルは万雷収束砲の照準を定めたまま憤りを吐露する。


「師匠! どうしよう! ミナミが……ミナミが!」

「落ち着けミリア、兄貴とエクスハルトがなんとかしてくれる……それにミストもいるだろう」

「そうだけどっ……」


 ミリアは自分がなにもできなくて悔しそうに下唇を噛む。


「みんな……お願いだからミナミを連れて離れてぇえぇええ〜〜〜〜〜〜〜!」


 何もできない今の自分では、叫ぶ事しかできない。そう痛感し、願いと悲痛を込めた声で叫んだ。


 ◆


「みんな……お願いだからミナミを連れて離れてぇえぇええ〜〜〜〜〜〜〜!」


 崖の上からミリアの悲痛の叫びが聞こえてくる。


「そんな事言ったって……この状況じゃあ……」


 ミストはミナミをかばうように、抱きつき覆いかぶる。


「……ブラムス、三十秒……二十秒でいいから時間を稼げるか?」

「あ、何するつもりだ? おめぇ」

「我に策ありだ」

「ホント!」

 ミストが期待の声をあげる。


「おめぇ……死ぬつもりじゃねえよな?」

「もちろんだ。だから時間を稼いで欲しい」

「二十秒だな?」

「ああ」

「なら、あたしも」

「ダメだ。キミはその子のそばに。彼女をひとりにするな」

「でも……」

「大丈夫だミスト。俺にまかせろ」

 ブラムスはミストを安心させるかのように、しゃがみ肩に手を置く。


「お頭領……すみません」

「あやまるこたぁねぇよ」


 立ち上がり、斧を構える。


「いくぞ、デカぶつ!」


 構えた斧を振り上げ、駆け出す。


「おおおおおおぉおおおぉおおおお〜〜〜!」


 鉄球体に対して大たち振る舞いを披露し始める。


「光の女神よ」

 それを見届けたエクスハルトの詠唱が始まる。


「その光かがやく光翼をもって我に加護を与えたまえ」

 剣の柄を額に当てて、目を閉じる。


「我、聖なる光にて魔を払うことをたまわらん」

 さらに口上は続き、エクスハルトは剣の甲を額に当てる。


「清浄を持って魔を払い、光をもって我を守りたまえ!」


 剣を大地に刺し『ブラムス来い!』と咆哮をあげる。


 声と同時にブラムスは鉄球体から跳び離れ、エクスハルトの元へと戻った。


「光の女神よ、我に光と聖なる加護を!」

 大地に刺した剣をさらに差し込み、


「護光陣!」


 エクスハルトの口上と同時にエクスハルトの周りに光の半円形の球体が展開した。


 光の球体は三人を覆うように展開して強烈な光を放っている。


 三人を包み込んでいる球体は強固は壁となり鉄球体と三人を遮っている。


 鉄球体は一瞬ひるんだが、展開したばかりの光の球体に振り下ろし攻撃をかけている。

 そのたびに、ドゥン、ドゥンと音が響くが光の球体にはなんの変化も見られない。


「おおっすげぇなこれ、ビクともしねぇな」

「今のところな」

 ブラムスがエクスハルトの隣で言葉をかけるがエクスハルトの表情は硬い。


「浮かねぇ言葉だな」

 その言葉にエクスハルトはさらに顔が険しくなる。


「略式詠唱だからな。持って1分、長くて2分が限度だ」

「マジか?」

「ああ、だからどんな突破策かは知らんが、急いでくれと言ってくれ」


 ◆


「師匠!」

 ミリアがブライルに叫んだ!


「ああ、わかってる! どけ、ミリア!」


 万雷収束砲を構え、ブライルは照準を鉄球体に合わせる。

 ミリアはブライルの言葉通りに、横に飛び退き地面に伏せた。


「食らえっ!」


 ブライルが叫び、万雷収束砲の引き金を押し込む。


 光の粒が銃口に引き寄せられるように吸い込まれ、次の瞬間、光がはじけた。


 それは凝縮、収束された槍状の光が発射されたものだった。


 光の槍はまっすぐに鉄球巨人まで文字通り『光速』で駆ける。


 光の半球体に攻撃を仕掛けている鉄球体にめがけ光は駆ける。


 そして。


 鉄球体の右胸を貫き、大きな爆発音と急激な光と熱が空を覆い尽くした。



 ◆



「ん……」

 あれ……わたし……


 目を開けるとそこは見知った天井。見知ったと言っても最近知った天井だ。


「ベッド? えっ、ベットで寝ていたの? ……いつから? いたっ……!」

 全身に痛みが走る。ちょっとでも体を動かすとすごく痛い。


「あ……」

 そうだ、わたし……たしかあの鉄球体の攻撃を食らって……吹き飛んで……


「痛い……」

 だんだんと記憶が蘇り、脳内映像が鮮明になっていく。もうダメだと思った。遠のく意識で、ミストさんがわたしの名前を叫んでいたのは覚えている。けどその先の記憶がない。


「そっか……生きてたんだ……わたし……いたたっ!」

 痛みに上体を起こす。全身が痛いけど我慢すれば起きれる激痛。


「全身……包帯だらけ……」

 毛布を軽くめくる。目に入ってくる情景は軽く衝撃を覚える。


 わたしの全身はほぼ包帯だらけ。手や足、太ももやお腹、肩。見れないけど頭にも包帯は巻いてあると思う。頭のてっぺんからつま先までほぼまんべんなく包帯が巻かれている。


 それと、セーラー服は脱がされて白い布の服を着させられてる。


 せめてもの救いは、両目ともに包帯は巻かれていなかったことと『ダーマドライバー』が腰に装着されたままだったこと。そのためか制服のプリーフスカートだけははいていて、汚れたもそのままだった。


「生きてたんだ……わたし……」

 繰り返す生存確認の言葉。


 横に窓があった。窓を見ると空はとてもいい天気で、とてもいい青い空。まるで空に浮かぶ、海面みたい。


 ガサッ


 ベットの横で物音がした。


 見るとそこには机に突っ伏して寝ているミストさんがいた。


 もしかしたらミストさんがわたしの包帯や寝ている間のお世話をしてくれたかもしれない。とても疲れてた表情で寝ていたから。


「いた……」

 痛みに耐えてベットから立ち上が……ろうと、したけど……足が痛くて痛くて立ち上がることができない。


 ベットに思いっきりお尻から落ちて座る。その衝撃でベットが二回三回ボヨンボヨンと跳ねる。


 足自体の骨はたぶん折れてはないようだけど、とんでもない痛みが足の感覚を鈍らせている。何か支えがないとたぶん歩く事もできない。


「わたしは……痛いけど生きているんだ……よかった……」

 あ、どうしよう……涙が……


「ミ、ミナミ……?」

「あ……」


 ミストさんが起きちゃった。


「ご、ごめんね。起こしちゃったね……あはは、いたっ!」

「ミナミ……ミナミ! よかった!」

 ミストさんが喜びのあまり思いっきりわたしを抱きしめてくる。


「あ、いたたた! ミストさん痛いって! ちょっ、痛いから!」

「ミナミ、ミナミ! よかった! このまま起きなかったら……あたし!」

「心配かけてごめんね……」

「ミナミ! ホントによかったよぉ〜〜〜〜」

 そして、ミストさんはわたしに抱きついたまま赤ちゃんのように泣き始めた


「ちょっと、ミストさん……泣いちゃうとわたしも……」


 そして、わたしも……色々と思い、そして思われていた事を……感じて……ミストさんと一緒に泣きじゃくったのだった。



 ◆



「これは……すごいな……いたっ!」



 あれから三週間。


 だいぶ痛みの引いて、包帯もはずれたのであの時の場所へと来ていた。


「大丈夫? まだ寝てたほうがいいんじゃない?」

「大丈夫だよ。こうやってたまには運動がてら歩かないと体がなまるし、それに食べてばかりじゃ太っちゃうしね」

「ホントに? ホントに大丈夫?」


 わたしの事が心配で付いてきてくれたミストさん。


 体を支えてくれるし、ミストさんって意外と面倒見がいいかも。


「動かないんだよね?」

「うん、あの時から動いてないよ」

「そっか……」

 ちょっと先には動かなくなった人型をした鉄球体。その姿は体半分が失われていた。


 そして鉄球体の真後ろは、大きな溝ができていた。それは……まるで数百台のショベルカーで土をえぐったようにすごい大きさの溝……というよりほぼ、穴やクレーターに近い感じ。


「圧巻というか……圧倒的というか……」

 ミストさんにわたしが気を失ってた後の事を聞いた。


 あの後……お頭さんと一緒にいたエクスハルトさんってひとがすぐにわたしを守ってくれたこと。


 最終的に鉄球体はブライルさんが作った武器の光で貫かれたこと。


 それと、あの鉄球体はミリアちゃんが作ったこと。どうして動き出したかわからないけど変な『部品』を組み込んだら突然動き出したらしい。 


 それとここに『勇者メモリ』が落ちていること……

 ミストさんの話だと、メモリをはずしたときに落ちたって言ってたけど……どうやってはずしたんだろ? わたし以外はメモリを取り出せないはずだけど……


 それに、もうひとつ重要なこと。


「よっと……」

 軽快に鉄球体に手をかけてよじ登る。


「大丈夫?」

「大丈夫だって。すぐに戻ってくるから心配しないで」

「でも、体がまだ痛むでしょ?」

「大丈夫だって。行ってくるね」

「……わかった気をつけてね」

 心配そうに見守るミストさんを後に、鉄球体の上を慎重にしゃがみながら進む。


「あった……」

 見つけたのは『盗賊』のメモリ。


 ほぼ無傷のままメモリは胸に組み込まれている。もしメモリ側が吹き飛んでいたらメモリも無事では済まなかったかも……というより消し飛んでるかもしれなかった。


「ごめんね……これもらうね」

 ひと言、謝って胸からメモリを掴む。そして、そのまま力を込めてメモリを引っ張った。


「わわっ!」

「ミナミ!」

「大丈夫! ちょっとバランスが崩れただけだから」

 メモリは意外とあっさりと抜けた。力を入れないと抜けないような感じだったけどそんな事はなかったのがびっくりだ。


「よっと」

 体勢を立て直してからメモリをみる。


 盗賊のメモリ……見た目は『勇者』のメモリと変わらないけど、色が違ってる。


「茶色?」

 見た目は薄い茶色っぽいけど……なんとなくミストさんの髪の色に似てる。


 そして、メモリのボタンを押す。


 ^=}:<@*;]|\^@?


まったく読めない字がメモリに映し出されている.


「あれ? 勇者メモリの時と違うな」

 と、考えていると、メモリから、あのいつものかわいい声が流れてくる。


「えっ? えっ?」

 聞き覚えがある声が流れていく。流れているけど何を言ってるのかまったくわからない。わからないけど、何か問いかけているような感じだとわかる声のトーン。


【……言語構成回路から『日本語』が検出されました。設定しますか?】


「へっ?」

 言語……なに? それと日本語って……?


【……承認がないため、言語を現状の『アムルダール』に継続……】


「待った! 日本語! 日本語に承認! 設定してください!」

 なんだか、今を逃したら二度と『日本語』に設定出来なそうだったから急いで承認と声をはじき出す。


【承認を確認】

 ふぅ〜、と胸をなで下ろしていると【言語構成回路の一部破損を確認】と不穏な声を流すメモリさん。


【言語構成回路を修復中……修復完了。言語を『日本語』に設定します】


「よ、よかったぁ〜」

 すぐさま、修復を行ってくれるこのメモリさんはかなり有能だぞ。

 今度こそ、安心の息をはいてメモリのボタンを押す。


「あ」

 今度は声も日本語になって、『盗賊』表示されている。


「ミナミ? 設定終わった?」

「うん、終わった……ってミストさん、なんで設定って知ってるの?」

「え? だって声がしたから……所有者情報更新やら、虹彩認証登録とか……対象言語構成回路スキャンとか……あとは設定なんたらとか、そんなことをなんか色々いってたけど?」

「そうなんだ……」

 と、言うことはこのメモリが最初にしゃべっていた事はこの世界の言葉ってこと……


 言葉?


 そして、わたしはひとつの疑問がわき上がる。


「ちょっと……待って……?」

 どうしてわたしは『この世界の言葉が理解できる』んだろう?

 神父さんの言葉も……ミストさんの言葉も……ミリアちゃんやお頭さんの言葉もわたしには理解できるし……神父さんやミストさんもわたしの言葉が理解できている。会話が成立している。


 でも、このメモリのしゃっべていた言葉は理解できなかった?


 つまり、わたしはこの世界の言葉をしゃべっていて、相手の言葉もちゃんと理解できている……? 字は読めないけど……言葉は……


 なんで? どうして?


「ミナミ?」

「……」

「ミナミ?」

「あ、ごめん。考え事してた。なに?」

「用が済んだら降りてきたら? 落ちたら危ないし」

「そうだね」


 こーしてわたしは、ミストさんの言葉を受け入れて鉄球体から降りたのだった。


 ◆


「そういえば、ミリアちゃんは?」

 今日はまだミリアちゃんの姿を一度も見ていない。いつもだったら、ミストさんと一緒にいるのに?


「今は工房いるよ」

「工房に? こんな朝から?」

「朝からじゃなくて昨日の夜からずっと」

「夜からなんで?」

「……ミリアはね。あんたが寝ていた三週間、自分のせいでブライルさんがケガをした事を悲しんでね。ずっと泣いてた」

「ブライルさん……どういうこと?」


 ブライルさんは『万雷なんとか砲』っていう武器を使った時に起こった。


 武器を使った瞬間。武器が燃焼過多で爆発。その衝撃で肩と腕を負傷してしまった。そしてブライルさんがケガをしてしまったのは、あの動き出した『鉄球体』を作ってしまった自分のせいだと思いこんで、泣きじゃくったらしい。


「ミリアのせいじゃないのにね」

「うん、そうだね」

 動いたのは……たぶんこのメモリ……


「あの鉄球体だって、ブライルさんに認められようとして作ったのに。ミリアは言ってたんだ。すごい大きい万雷絡繰装置を作って師匠に認められたいって」

「大きいか……こんなこと言っちゃあ、ミリアちゃんに悪いけど……子供の発想だね」

「……そうだね。別に大きいものじゃなくてもいいのに……だからすごい悲しいんでるんだと思う。自分の作ったものが自分の師匠を傷つけたんだから」


「だから工房に?」

「うん、突然『師匠の代わりの腕になる』って言ってね、夜から工房でなにかやってるよ。たぶんブライルさんの作りかけの絡繰装置をいじってると思うけどね」

「そっか……じゃあ後で様子を見に行こう。思い詰めて無理してるかもしれないし」

「ブライルさんがいるから大丈夫だと思うけど、行ってみようか」

「うん」


 そして、話の一段落をついたところで『勇者メモリ』の捜索にはいる。


「さて、じゃあ次に『勇者メモリ』を探しますか」

 と、話を変えて切り出した。


「そうだね。たしか……」

 と、ミストさんは鉄球体とわたしを交互に見やる。


「じゃあ、この辺かな」

 なにがじゃあだか、さっぱりわからないけどトコトコと歩き出したミストさんの後をついていく。


「あった」

 ミストさんの目線の先。


 地面に、土にまみれた状態で『勇者メモリ』が佇んでいた。


「うわっ、土で汚れてる……」

 予想以上の土で汚れていた。


 そんな土を手で払ったが、『キレイ』とはいかずに、土がメモリに残ってしまっている。


(これって水洗いできるのかな……)

 と、思っているとミストさんが『やっぱりミナミは持てるんだね』と口を開いた。


「ん? 持てるって」

「それ、今ミナミが持っているそれ」

 ミストさんが指さしているのはわたしが持っているメモリだった。


「メモリ? なんで?」

 当然の返答。


「それね、本当ならミナミの部屋に持って行こうとしたんだけどね、すごく重くて持てなかったんだ」

「そうなんだ。こんなに軽いのに?」

「そう。それとその腰のそれも。あんたにしか持てないし、使えないってことを改めて思ったわ」

「へぇ〜メモリもなんだ」

 そう言われてメモリをみる。ダーマドライバーは部屋に置いてきて見れないけど……


「頭領でも持てなかったんだから相当の重さだよそれ」

「へぇ〜」

 こんなに軽いのにほかのひとじゃ持てないんだ。


「じゃあ、帰ろっか?」

「そうだね」


 目的を果たしたわたしとミストさんはアジトへ帰ることにした。


 動かなくなった人型の鉄球を後にして。


「……この、メモリが……生命(いのち)だったのかな……」


 メモリを見つめながら、ポツリとそうつぶやいた。



 ◆



「ミリア」

「……ミストとミナミじゃん。よくここってわかったね」

 一瞬だけ、こっちを振り向いたがまた視線を正面に戻してしまう。


 昼食後、わたしとミストさんはミリアちゃんの様子を見に行こうってことになった。


 工房にいったらいなかったので、片手だけで作業をしていたブライルさんに聞いてみたら『追い出した』とひと言答えただけで、絡繰装置をいじりだしてしまった。


「もしかしたらって思って来てみたけど……ここにいるとはおもわなかったよ」

 わたしはミリアちゃんに限りなく穏やかな声で話しかける。


「……その、大丈夫?」

「なにが?」

「えっと……その……無理してない?」

「無理? 無理なんかしてないよ? 心配性だなミナミは」


 その笑顔は……疲労で満たされていた。服は汚れに汚れて、目の下にもクマもできていて……指も、腕もキズだらけ。


 一目見ただけで、『疲れ切っている』とわかる。


「ミリア」

「なに? ミスト」

「ブライルさんに追い出されたんでしょ?」

「ちょっ! ミストさん!」

 わたしはミストさんの心ない口をふさぐように手で押さえた。


「あはは、知ってたんだ。まいっちゃうよね。何考えてるんだろ師匠は」

 ミリアちゃんの口は笑ってるけど、目がまったく笑っていない。


「それって、ブライルさんがミリアに休めってことだよ」

 わたしの手を払いのけてミストさんは話を続ける。


「ミリア、帰って寝よ。疲れがいろいろと出てるよ」

 ミストさんの提案にミリアちゃんは一度うつむき、『私のせい……』と声を絞り出した。


「……私のせいで……こんな事になったし……師匠はケガをしてなにもできなくなっちゃったんだよ?」


 ミリアちゃんは目の前に広がる光景と……動かなくなった鉄球体を見て、何の感情もない声で答えている。


 そう、ここは鉄球体が最期を迎えた場所。そして、数時間前にわたしとミストさんがいた場所。


「そんなことないよ……腕だって治るよ」

 ミストさんがそう諭すけど、ミリアちゃんにはたぶん届いていない。無表情のままで変化がまるでないから。


「私が……がんばらないといけないんだ!……だから早く一人前になって……師匠のかわりに……作業をこなさないと!」

 上の空のひとり言。まるで自分に言い聞かせているかのように語る。


「そろそろ戻らないと……私が……行かないと……」

 ふらふらの足取りでミリアちゃんは工房に向かって歩き出した。


「ミリア!」

 ミストさんが呼び止めても、ミリアちゃんの足はとまらない。


「かなりまずい状態かもしれませんね」

「うん、自分を責めて追いつめられてる」

「止めてきます」


 わたしは小走りになってミリアちゃんの眼前で止まる。


「ミリアちゃん、休も、休んで寝よ! そうすれば大丈夫だから」

「ミナミ……大丈夫って言ってるじゃん。だから……どいてよ……」

 精一杯の笑顔でミリアちゃんに言っても、ミリアちゃんは聞かない。


 わたしの横をすりに抜けて工房へと向かう。


「ミリアちゃん!」

「ミリア!」


 わたし達の制止も聞かずにミリアちゃんの歩みは止まらない。


「どうします!」

「止めるっきゃないでしょ!」

「そうですけど、頑固っていうか、意志が固いっていうか、とにかくこっちの話は聞かないスタンスですけど、どう止めるの?」

「意志があるなら、意志をなくせばいいでしょ?」

「えっと……それって……」


 恐ろしい提案をしてくるミストさん。


 そんな提案をしてくるミストさんに恐る恐る聞いてみる。


「気絶させてでも止めるって事よ!」

「それはダメですって!」

 それとなくそんな気がしていたから、間髪入れずに制止に入った。


「じゃあ、どうすればいいの? あんな苦しそうなミリアを放っておけっていうの?」

「そうは言ってないです。とにかく気絶させるのはダメです! とにかく、ミリアちゃんと話しましょう!」

「話すって……それ正気なの?」

「ミストさんの気絶よりはましです!」

 駆け寄ってミリアちゃんに追いついて『ミリアちゃん』と呼び止める。


「工房にいく前に……そのお昼ご飯たべない? そのぶんじゃまだなにも食べてないでしょ?」

「ごはん? いらない?」

「お腹すいてちゃ、仕事のパフォーマンスも下がるよ?」

「ぱふぉーまんす?」

 わたしの言葉に疑問を抱いているミリアちゃんのスキを着いて掴み引きずって、アジトの食堂に連れて行く。


「ミナミ離してよ! 工房に行かないと……」

「はなして? じゃあお話しょ。聞いてよこの前ね。起きたとき身体が痛くて泣きそうだったんだよ?」

「そんな事知らない。だから離して」

「だから話してるでしょ?」

「意味が違う……!」

 ずれていることは気づいているし。それにミストさんだって。


「ちょっと、ミナミ? なにごはんって?」

 近寄ってきたミストさんが耳打ち気味で問いかけてくる。


「わたしに妙案あり。です」

「妙案って……なに考えてるの?」

「お腹いっぱいにして、眠らせよう作戦です」

「はぁ?」

「どうですか? いい作戦じゃないですか?」

「気絶とたいしてわからないんじゃないの? それって?」

「いやいや、気絶より断然ましですって!」

「意識をなくせばいいって時点で同じ様な気がするけど……」

「いやいや、気絶って痛みを伴うじゃないですか? こっちはお腹いっぱいにして気持ちよく寝てもらおうって事ですからね!」

「大丈夫なの?」

「大丈夫ですって。ミリアちゃんは顔に出てるほどかなりお疲れですから。ちょっと

食べておしゃべりすればすぐにぐっすりですよ」

「ほんとにぃ〜?」

「信じてください。だから……ミストさん」

「なに?」

「ミリアちゃんの連行を手伝ってください。痛みでわたしの意志が折れそうです」

 ミストさんと話している最中。ミリアちゃんはずっとわたしの足やわき腹をボコスカと蹴ったり叩いたりしている。


 地味に効いているので早くしないと、連れ出していくのを諦めてしまいそう。


 ◆


「離してぇ〜〜〜〜〜! 離せぇ〜〜〜〜!」

 ミストさんが足を、わたしが脇を抱えてミリアちゃんを運び出す。


「このまま無抵抗のミリアちゃんを食堂まで運びましょう!」

「運ぶって……ミナミって意外と非道よね?」

「あ、手足を縄で縛りましょうよ。じたばたされてミリアちゃんが落ちちゃうと危ないですし」

「縛るって……意外と非道よねミナミって」

「非道じゃありません! 安全にアジトまで運ぶためです!」


 こーして、わたしとミストさんはミリアちゃんを縛ってアジトの食堂まで運んだのだった。


 白い部屋にて 完

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