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わたしの職は未確定  作者: 間宮冬弥
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踏みしめる最初の地

「ここが……踊り子の世界? なんか思っていたのと違うな」


 ルーラカーテンから抜け出して、目に張ってきたのは木々が覆う森の中。


 大きなふたつの樹木が印象的な第一印象。


 空はどんよりと曇っていて、なんかすぐにでも雨が降りそうな空模様。


「どうしよう……どこにいけばいいんだろう……」

 全方位、木、木、木だらけ。地面には葉っぱが覆っていて土が全く見えない。


 そして、方角すら分からない。


 ドラマなんかで太陽の位置で方角がわかったようなシーンがあるけど……わたしにはさっぱりわからない。あ、むしろ太陽は雲で隠れてるんだった!


「どうしよう……」

 空を見上げ、声を漏らす。どんよりと曇った空があるだけだった。


「やっぱり、電波がきてないか……というより電波なんかないか」


 カバンからスマホを取り出して、すぐにしまった。たぶん時間もあってないと思うし。


「はぁ……なんか寒い……」

 立ち尽くし、ため息をもらす。


 太陽が出ていないからかも知れないけど、風が吹くとなんか寒い……


「オオ〜ン……オオ〜ン!」

「ひっ……な、なに……」

 なんか獣声が聞こえたような……


「……」

 じっと、耳を澄まして聞き耳を立てる。


「グオオ〜ン! グオオ〜ン!」

「な、なに……なにかいるの……」


 その獣の声は……だんだんと近づいてくる……


「ど、どうしよう……にげ、」

「オオ〜〜〜ン!」


 木の陰から大きな巨体が、姿を見せた。


「ひっ……」


 数メートル先に……


 子供の頃、動物園でみた熊より大きい熊のような動物。わたしは足がすくんでいるのと恐怖で動けなくなった。


「……」

 ゆっくりと、品定めをするように近づいてくる熊。


「……」

 のっそりと、のっそりと、四足歩行で近づいてくる。


 1メートル先で……ぐらいでピタッと熊の動きが止まる。


 数秒……熊とわたしは目がバッチリと合う。


 動かない。わたしと熊。たぶん、目をそらしたら……わたしは死ぬ。


(わたし……ここで死ぬんだ。まだなにもしてないのに……ここで終わるんだ)

 死への覚悟をしたときに、突然頭に突き刺さるような静止画が蘇る。


 ダーマドライバー……


 そうだ。ダーマドライバーを使えば……この状況をなんとかできるかもしれない!


「……」

 一途の望みを賭けて考える。


 時間はない。決断は……いますぐにしないと!


 視線を熊から一瞬だけ肩掛けのカバンに移し、すぐさま視線を熊に戻す。


「……よし」

 カバンは開いている。さっき閉めなくてよかったと本気で思う。


 ここからは、わたしがドレスアップするのが早いかわたしが死ぬのが早いかだ!


「これでも……食らえ!」

 ポッチーを取り出し、熊へと投げる。


「グォン!」

 熊が一瞬、怯んだスキにダーマドライバーを取り出し、腰に装着!


 光の帯が腰を一周して、ドライバーが腰に固定される。


「グォォォォオオォォォオオォォオオォオオン!」

「勇者」

 興奮と怒りで熊が立ち上がり、雄叫びを上げる。と、同時に、勇者メモリから声が上げる。


 熊の爪を振り上げ、瞬時に振り下ろす。


「ドレスアップ!」


 メモリをドライバーに差し込む。


 ドライバーから飛び出した円形の鳥マークが熊に直撃し、ひるむ


 鳥のマークがわたしに迫り、そのまま通り過ぎる。


 通り過ぎたと、同時に頭部に衝撃が走った。


 地面に倒れ込む。なおも衝撃は続く。


 痛みは全く感じない。


「おふぅ……ま、間に合った……」


 わたしの全身はいまや、『鎧』に包まれている。神父さん曰く、『勇者の鎧』というものだ。


 そのおかげで、マウントをとった熊の攻撃はまったく通じない。衝撃はあるけど痛みはまったくない。


「……」


 ただ、現状として……


「う、動けない……」


 鎧いが重くてまったく動けない。熊がこのままあきらめて去ってくれるまでずっとこのままの状態の可能性が高い。


「グオオオン! グオオンン!」


 むしろ、鎧の姿が興奮させてしまったかな……全然、攻撃が止まらない……


「グォオオオン! グォオオオオン!」


 痛みは無いけど……衝撃がすごい……もし、生身で受けていたと想像すると……怖くておしっこが漏れそうだよ。


「ううっ……こ、怖いよ……」

 顔まですっぽりと覆う兜から見える熊の形相は鬼そのもの。……まぁ鬼は見たこと無いけど……


「グオオォンン! グオオン!

 ううっ……どうしよう……いつまで続くんだろう……さすがにずっとでいつまでもって事はないと思うけど……


 熊の攻撃はなおも続く。左右の腕より振り下ろされる爪はガシガシと鎧に直撃する。


 腕も一本も動かないので押しのけることも、腰にある剣も抜けずにいる。まさに八方塞がり。


 どうしようか考えていたところに……


「お宝発見!」


 と、誰かの叫び声とともに熊が何も叫ばずに、わたしの視界から消えた。


「えっ……? えっ?!」


 驚きの中、なにがなんだかわからずに視線だけを兜の中で巡らせる


「騎士団かな? へぇ〜なかなかいい鎧じゃん。高く売れそう。ついでだから盾と剣も売っとくか」


 鎧をのぞき込んでいるのはわたしくらいの年頃の女の子だった。


 白色の髪でショートカット。肌も見た感じかなり綺麗な肌。だけど、ちょっとアレだった。マントを羽織ってその下から見える服はかなり露出がある。


 胸には申し訳ない程度に鎧のような堅いようなモノと肩あたりが切れた七分袖のTシャツのような布を着て、下はショートパンツとレギンスのようなものだけ。


 最低限の胸と、下半身を隠している程度で、お腹やおへそ、肩が丸見えだ。


「あ〜汚れちゃってるなぁ。もうちょっと早くしとめてれば、査定でいい値がでたかも」


 なおも、わたしの鎧を品定めしている女の子。


「中のヤツは死んでるよね? まぁいいか。生きてても放っておけばそのうち動かなくなるでしょ」


 縁起でもない事をサラサラと口に出し、鎧とかの品定めをしている。


 たぶんこのままじゃ、この鎧と剣と盾が売られちゃう……なので、わたしは意を決して声を出すことにした。


「あ、あのぉ〜」

「ふへっ!? 女? あ、もしかして生きてるの?」

「はい……なんとか……」

「なんだ、残念」

 何が残念なのかは、この際聞かないでおこうと心に決めたのだった。


「あの、すいませんけどどっちの腕でもいいので腰に腕を置いてもらいませんか?」

「腕に腰を? あんたの?」

「はい。すみませんけど」

「いいよ」

 女の子は右腕を持ち上げる。持ち上げた感覚があったと同時に腰に衝撃が落ちてきた。


「この鎧重いねぇ〜あんたよくこんなの着てられるね」

「ええ、ですのでこの体たらくです」

「なるほど。で。これでいいの」

「はい。ありがとうございます」

 兜をのぞき込む女の子にお礼をいって、そのまま勇者メモリを引き抜いた。


「うぉっ!?」

「ふぅ〜重かったぁ〜〜」

 鎧から光が弾け飛び、セーラー服姿のわたしが姿を現す。


「ふぅ……うぉっ!」

 重量かあら解放され、自由になったわたしの横では熊が倒れていた。


「えっと……し、死んでるんですか?」

「生きてるよ?」

「えっ! だ、大丈夫なんですか? いきなり動き出したりしませんか?」

「大丈夫。あと二時間は起きないよ」

「そ、そうなんですか?」

「うん。急所を突いたからね」

「き、きゅーしょ? ですか」

 まったくわからない会話中、女の子はわたしをマジマジと見つめている。


「……あ、あのぉ〜」

「ふ〜ん」

 正面から後ろと、さらに左右から回ってわたしを観察するように見る。


「へんな格好してるね? どこから来たの?」

「えっと〜あの、その、すごい遠いところから……ですかね?」

「遠いところ? どこ? 倭国?」

「えっと……と、東京?」

「とーきょー? どこ、そこ?」

「え〜その……すごい遠いところです……」

「だから、どこ?」

「遠いです……わたし自身が帰れなくなるほど、ついでに迷うほどに……遠いです」

「ふぅ〜ん。じゃあ盗賊じゃないんだ?」

「へっ? と、盗賊……」

 盗賊って……あれ? ここは『踊り子の世界』のはずだけど……他の職業の世界の別の職業があるの?


「と、盗賊と言いますと……もしかしてあなたは盗賊ですか?」

「うん、そだよ」

「……そ、そうですか。意外とサラッと言っちゃうんですね」

「別におかしいことないでしょ」

「あ、はい……」

 イヤイヤ! 色々とおかしいところがあるよ!? 踊り子の世界に来て盗賊って! ならここならふたつの職業がゲットできるって事なのぉ?!


「ねぇ、なんか混乱している所悪いけど……」

「は、はい……?」

「いいかな?」

「へっ……」


 その女の子は満身の笑みを浮かべて、両手の手のひらをお椀を包むような形にしてわたしに示してきたのだった。



 ◆



「ちょっ、離して……離してよ!」

 置いて行かれそうな雰囲気だったので必死に女の子に抱きつく!


「お、お願いですぅ! 置いていかないでください!」

「あんた、お金持ってないんでしょ! なら助けてもあたしの一文の得にはならないのよ! 助け損よ!」

「お礼はしますからぁ! わたしも連れてってください!」

「なら、お金! お金ちょうだい!」

「すみません、これしかありません!」

「なによこの紙クズは! こんなの紙クズいらないから!」

「これが『お金』なんですぅ! 千円札なんですぅ!」

「知らないわよ! 金貨や銀貨もってないの!?」

「ずみばぜん! 硬貨はsumicaにいれちゃったのでもってないんですぅ!」

「なら、用なしよ!」

「お願がいじますぅぅぅううぅうぅうぅううぅうう〜〜〜〜」

「ちょっ、鼻水、あ、ヨダレ! 汚いから!」

 いまやわたしの顔は涙と鼻水とヨダレまみれだ。


「ひとりにしないでくださぁい!」

「ひとりじゃないでしょ、そこに寝てる魔物がいるでしょ!」

「イヤでずぅ! 目が覚めたらぁ! わだじはぁ! アレのお腹の中に居ることなるじゃないですかぁ!」

「いいじゃない! お腹の中で暮らせばいいじゃない!」

「いやでずぅ!」

「あ、ちょっ、鼻水! あ〜〜〜〜もう、わかった! わかったから離れて!」

「本当ですかぁ! わたしをひとりにしませんか!」

「しない、しない! だから離してって!」

「わがりまじたぁ……グスっ……」

「まったく。ほら、この石に座って」

「はい……」

「とりあえず、荷物を置いて落ち着こうか」

「はい……」

 女の子が指さした場所にはひとが二人くらい座れる大きな石があった。


 ダーマドライバーが邪魔だったので腰からはずし、カバンにしまって脇に置く。


「ほら、これで涙拭いて」

「ありがとうございます」

 腰をかけて女の子から布を受け取り、涙を拭く。

 女の子もカバンを挟んで隣に座った。


 受け取った布はとても肌さわりがよく、まるでタオルのような感じだった。見た目は硬そうな布なのに……


 ◆


「落ち着いた?」

「はい。すみませんでした」

「いいって、ところでぇ〜」

「はい?」

「さっき、腰に巻いてたものあったよね?」

「あ、はい……ダーマドライバーですか?」

「そう、そのダーマなんとか。あれってさ、さっき着てた鎧があれなの?」

「たぶん……違うと思いますけど……そう言っていいのかな?」

「ふぅ〜ん。それってこのカバンに入れてたよね?」

 カバンを指さして、そんな事を確かめてくる女の子。


「はい。入れましたけど……?」

「じゃあ、お金持ってないんでぇ、これもらうね!」

「あっ! ちょっ!」

 と、と言う前に、女の子は流れるしぐさで、颯爽と置いてたカバンを持って行って走り出した。


「待ってぇ! ちょっと待ってください!」

 すぐさま追いかけた。だけど……速い! ものごく速すぎてまったく追いつかない!むしろ追いつく気がしない!


「お金がないからこれ売ってくるねぇ〜バイバイ〜〜〜〜」

 あっという間に遠くまで走り抜けてこっちに振り返って手を振っている!


「待って! 待ってよぉ!」

「ムダムダ! そんなに遅いんじゃ追いつくわけ……って! 重っ!」

 目の前を駆けていた少女は突然地面に倒れこんだ!


「待ってって……大丈夫ですかぁ!?」

 女の子に駆け寄る。女の子はカバン(だぶんダーマドライバー)をあきらめきれずに持ち上げようとしているが、カバンは地面に張り付いているかのようにまったく動かない。むしろ地面がえぐれている感じさえある。


「ちょっとぉ! どうなってんのこれ?! いきなり重くなったんだけどぉ!?」

「お、重い……どういうことですか?」

「それを、聞いてるの!」

「そんなに重いんですか? カバンが?」

 カバンの取っ手に手をかけるとあっさりと持ち上がる。


「……重くはないですね」

「うそ、そんな事はないけど……貸して」

「……」

 警戒心全快で疑心の目を向ける。


「貸してよ」

「イヤです。また持ち逃げするかも知れませんから」

 カバンを胸に引き寄せて、抱きしめるように守る。カバンを。


「持ちに逃げなんてしない。しないって」

「ホントですか?」

「ホント、ホントだって」

「じゃあ……どうぞ」

「ありがとって……重っ!」

 ふたたびカバンは地面に張り付いた。


「ちょっと! 重いじゃない! あんたどんだけ怪力なの!?」

「いやいや、重くないですって あと怪力じゃありませんから」

 取っ手を持ってひょいっとカバンを持ち上げる。


「貸して」

「……」

 疑心の目を女の子に向ける。


「持ち逃げしないから」

「じゃあ、どうぞ」

「重ッ! 取り返しがつかないくらい重いじゃん!」

「イヤイヤそんな事ありませんって」

 またまたカバンをあっさりと持ち上げる。


「貸して……って重ッ!」


 そんな不毛な行為をこのあと三回繰り返した。正直、この子はバカなのかなって思ってしまった。


 ……まぁ、付き合うわたしもたいがいバカだけどね。


 ◆


「……ちょっと……離してよ?」

「イヤです」

「じゃあ……離れてよ」

「イヤです」

 わたしは女の子の腕にひしっと張り付くように抱きついている。

 これは逃げられないようにするための苦肉の策だ。


 だって……もし逃げられたらイヤだし……たぶん何日かはずっと彷徨うことになるだろうと思うから。……ううん絶対に彷徨うよ、これ。


「暑苦しいんですけどぉ〜」

「わたしだって暑いんです」

「恥ずかしいんですけどぉ〜」

「わたしだって恥ずかしいです」

「濃厚接触なんですけどぉ〜」

「ここでは問題ありません」


 強く、強くひしっと腕に抱きつく。


「このまま街にいったら確実に目立つんですけどぉ〜」

「仲のいい女の子同士って事で行きましょう」

「恥ずかしいんだけど」

「大丈夫です。わたしだって同じですから。それと二回目ですよ。それ」

「いいかげん、離れてほしんですけど?」

「イヤです」

「離して」

「わかりました。話しましょう。楽しく」

「その、話すじゃないんですけどぉ〜」

 禅問答。言葉の応酬が行ったり来たりだ。


「……」

「な、なんですか」

「胸」

「胸?」

「あたしより……プッ、小さいね」

「!!!!!」

「腕にあたる感触でなんかわかっちゃった」

「い、いいじゃないですか!? お、大きさなんてひとそれぞれなんですからぁ!」

 さらにぎゅっと、女の子に腕にしがみつく。それこそ胸をさらに当てるようにぎゅっと!


 た、確かに……女の子の胸をよく見ると……わ、わたしより……大きかった。


「へぇ〜意外。怒らせると離すと思ったけど。放さないんだ」

「は、放しませんよ。逃げられたらイヤですし……」

「逃げないって言ってるのに。信用無いなぁ〜あたし」

「ど、どの口が言うんですか! ドライバーを持って逃げようとしたクセにぃ!」

「まぁいいけど。ところでもうすぐ街だけど……」

「街ですか! やっとゆっくりとできそうです」

「この状況もそうだけど……やっかいな事になるかもね」

「……やっかいな事?」

 女の子はわたしのジロジロと見ながらそんな事を言った。


 その『やっかいな事を』を体感したのは街に入ってからすぐの事だった。


 ホントーにすぐだった。


 ◆


「ねぇ! その服なに? どうやって作ったの!? 誰が設計したの!? スカートひらひらじゃん!」


 街にはいってすぐ。


 本当にすぐ。


 土煙をあげて駆け寄ってくる影が見えたと思ったらあっといまにわたしの目の前にとまり、『何そのかわいい服! なんなの』とか『すごい! なにこの布! すべすべ』などと言ってきてわたしのセーラ服をさわり出す。


 見た感じ、ゴスロリの服っぽいけど……なんか作業着のようなつなぎの服を着ている不思議な女の子。


 え〜つまりまったく真逆な服である『ゴスロリと作業着を2で割ったような服』を着ていた。そんな表現でしか言葉にできないような服を着ている。


 っていうか……かわいいって言うならその子が着ている服の方がかわいい気がするんだけど……


「ちょっとミストぉ、なんなのこの服! すごいんだけどぉ」

「はいはい。離れてね。ミリア」

「よく見せて! 研究させて!」

 あしらわれたミリアという女の子は頬を膨らませてかわいく怒っている。


「あ、あの……ミストさん……でいいんだよね?」

「え、ああ、あたしの名前ね。あ、そう言えばまだ名前言ってなかったね」

「うん、で、こっちの小さい子がミリアちゃんだね」

「小さいって言うなぁ〜」

「で、あんたは?」

「あ、わたしは大和海波(やまとみなみ)って言います」

「ふぅ〜ん。じゃあミナミここでバイバイだから」

「えっ……」

「そうでしょ? 街までくれば安心だし。迷うこともないでしょ」

「あ……」

「お金を持ってないヤツを相手してるほどあたしも暇じゃないんでね。後はご勝手に。じゃあね」

「あ、待ってよ。ミストぉ〜」


 拒絶の言葉を吐き捨てて、ミストさんとミリアちゃんは行ってしまった。


「そ、そんなぁ……」


 ひとりになったわたしは途方に暮れる。


 それもそうか。ミリアさんはわたしのわがままに付き合ってくれたんだ。


 だから……ここで『バイバイ』でもしょうがない。


 だけど……


 これからどうすればいんだろう。

 踊り子のメモリを手に入れるにはどうすればいいんだろう。

 そもそもここは踊り子の世界なんだろうか。


 疑問と確認。確かめなければいけないことがいっぱいある。


 でも、思考が定まらない。試行できない。先が見えない不安が心を浸食して支配していく。


 どんどん遠ざかるふたり。


 追いかけて……事情を話せば……もしかしたら……


 自然と、わたしの足どりは速くなっていく。


「あ、あの……」

「ま、魔物が……! 来たぞ!」


 響く糾弾の声。


「えっ!?」


 振り返り、街の門を見るとわたしを襲った熊が3体、門を破壊して街に入ってきていた。


「あ、あれって……さっきの」

「さっきのって……あんた!? あいつになんかした!?」

「えっ……えっ!?」


 戻ってきたミリアさん制服のむなぐらをつかまされ、引き寄せられる。


「あいつに……なんかしたかって聞いているの?」

「なんかしたって……」

「あいつが、ここまで来たって事は……あんたの『匂い』を覚えてここまできたの! だから、なんかしたの?!」

「匂い……」


 なんかした……? 匂い……? 


 あ……


「もしかして……」

「なに!」

「あいつに……わたしの持ち物を投げつけたんだけど……」

「……! それ! その持ち物からあんたの匂いを覚えて……仲間を引き連れてここまで辿ってきたんだ! くそ!」


 胸ぐらから手をはなして、腰の二本のナイフをそれぞれの手に装備する。


「ミリア! あたしが時間を稼ぐから、騎士団を呼んできて!」

「でも……」

「いいから! この街はあたしたちの拠点なんだぞ!」

「わ、わかった!」


 視界の橋でミリアちゃんは走り出していく。


「あ、あの……わたし……」

 地面に座り込んでうつむく。


 足が震えてる……ううん、全身恐怖でプルプルと震えている。


「あんたも、速く逃げて」

「えっ……?」

「そこにいちゃ邪魔なの!? だから早くどっかに行ってて!」

「……!」


 わたしのせいだ……不用意に熊にポッチーを投げつけた……わたしのせいだ……!


 だから……!


「ミストさん……」

「なに!?」

「わたしが……時間を稼ぎます……」

「はぁ?!」


 震える足でたどたどしく立ち上がる。


「わたしのせいでこの街が危険なことになっているんですよね? なら当然わたしが時間を稼ぐ役です……その間に……騎士団でしたっけ? そのひとたちを呼んできてください」

「なにいってんの? そんな震えてる体で何ができんの!」

 震えてる……あ、ホントだ。言われて気づいた。信じられないくらいブルブルと震えてる。手も足も。それに、唇もガチガチっていってる。あはは、おかし。こんなに震えて……


「こ、こんな形でしか、せ、責任はとれませんから。わ、わたし」

「ちょ……」

「そ、それにミストさんの方が圧倒的に速いですから……ミリアちゃんでは時間がかかっちゃいますよ。それに引き替えミストさんは素早いです。だ、だから騎士団を速攻で連れてきてくれますよ、よね?」

 カバンを持って行った時のミストさんは本当に早かった。目にもとまらずって言葉がぴったりのほどに。


「ちょっ、なにいってんのよ? 死ぬ気なの?!」

「大丈夫です。し、死ぬ気はありません。その代わりに考えがありまっす」


 カバンから『ダーマドライバー』を取り出す。


 一呼吸して、気持ちと頭を落ち着かせて……


「信じてますからね!」


 震える身体を無理矢理動かして、ドライバーを腰に装着。そして門に向かって……違うか。3体の熊に向かって猛ダッシュを駆ける。


『勇者』


 メモリからかわいい女の子の声が聞こえる。


「あとは……お願いします!」


 メモリをドライバーの装填


「ドレスアップ!」


 光る鳥のマークをくぐり抜けて、身体にとてつもない重力がかかる。


 重さに耐えられずに、前にのめり込むように倒れた。

 複数の低重音が地面から伝わり、うつぶせの状態の鎧から伝わり耳はいっていくる。


 これは……何かが駆け寄ってくる重い音。


 逡巡の後、背中走る痛みのない衝撃。


 衝撃は背中から始まり、頭、腕、腰、脚、わき腹。それぞれテンポよく叩かれている。


「ううっ……」


 痛みはないけど……この状態がしばらく続くとなると……けっこうつらいかも……


 ◆


「かは……」


 身体を殴られ続ける事、数10分……くらい経った?


 いまだに、攻撃はやむことはない。


 飽きること知らない三匹の熊たちは、絶え間なくわたしに攻撃を続けている。


「あうぅ……重い……」


 このままだと……もしかしたら鎧の重さで死んじゃうかも……


「グォォォオオオオォン! グオオオォオォオオオォオオオ!」


 攻撃を食らう度に獣のような咆哮が耳に届く。


 聞く度に恐怖で身体がこわばる。


 いつまで続くんだろう?

 いつまで食らい続ければいいんだろう?


 疑問が頭によぎる度に、身体に衝撃が走る。


「もう……いやだよ……」


 わたしの心はもう限界……もうだめかも……


「あれ……」


 耳に入る、地響き。


 その音は徐々に大きくなり、徐々にこちらに近づいてくる。


「街を守れ!」

「いくぞ!」

「あの鎧の騎士を守れぇぇえぇえ!」


 勇ましい声とともに、数十の足音が駆け寄ってくるのがわかった。


 その勇ましい声が聞こえたと同時に、熊からの攻撃がピタリとやんだ。


 そのあとは熊たちの怒号と、複数の勇ましい声だけが響きわたる。


 ガチャガチャとした金属が合わさる音や何かを切り裂く鈍い音。それが、わたしの真横から複数聞こえてくる


「た、助かった……」

 ミストさんが呼んできてくれたんだ……


 ◆


「グォオオン……」

「おお……おおおおおぉおぉおおおぉおぉぉぉぉおお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

「やったぞ!」


 騎士団たちの喜びの声が聞こえてくる。

 たぶん……倒したんだ……あの熊たちを。よかった……街は守られたんだ……


「うお、なんだ!」

「バハラタか!?」

「敵襲!? 全員体制を整えろ!」


 なんだかわからないけど……視界外でなにかが起こってる?!

 外の状態はわからないけど、わたしの鎧の中に『煙』が入ってきていることは外に煙が立ちこめているってこと!?


「大丈夫!?」

 あれ……この声って……?


「なにこれ……超重い……」

「いいから、早く動かして」

 わたしの身体がうつ伏せから徐々に仰向けに体制がシフトしていく。


「いくよ、せーのッ!」

 小さい声でタイミングをとりわたしの身体は完全に仰向けになった。


「ほら、はやくベルトからこれを抜いて!」

 兜から見える視界に入ってきたのはミストさんとミリアちゃんだった。


 どうしてここにいるんだろう?


「いいから早く! あの時みたいに鎧を消して!」

「えっ……?」

 ベルトから抜く……鎧を消す……


 頭が混乱して何を言ってるのかわからない。


「ほら早く! 煙が晴れる前に!」

 ミストさんはわたしの右手をガンガンと叩く。


 あ、そうか……メモリを抜けってことか……


 理解したわたしは手を動かしてダーマドライバーからメモリを引き抜く


「おおっ、なにこれ! すごい!」

「しっ〜〜っ! ミリア静かにして。立てる? 手貸そうか」

 鎧は光になって消え、一瞬にしてセーラ服姿に戻ったわたしはミストさんの手を取り、立ち上がる。


「じゃあ、とんずらするよ!」

「ミストぉ〜なに『とんずら』ってダサァ〜〜イ!」

「いちいちツッコまなくていいから! それと静かにして!」

「はぁ〜い」

 ふたりのじゃれあい? を聞きつつ、わたしはミストさんと一緒にその場を

後にしたのだった。


 踏みしめる最初の地 完

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