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わたしの職は未確定  作者: 間宮冬弥
3/9

旅立ちの日


「勇者さま……何か口に入れないとお体に悪いですよ」

「……」

 朝から立てこもっているわたし。


 神父さんのかけた言葉に何も応えずに窓を見る。


 外はすでに日が沈んで夜になっている。


 朝からこの部屋にいて一歩の部屋の外に出ていない。


「お腹すいたな……」


 朝ご飯しか食べてないから当然お昼ごはんも晩ご飯も食べていない。数時間まえに神父さんが『お食事を置いておきますね』と、言って置いてくれた食事すら手をつけていない。お菓子もあるけどこれだけじゃお腹は膨れない。


「勇者さま……ムリを言ってしまい申し訳ございませんでした」

「……」

「私が、勇者さまの世界に戻れる方法を探してみます」

「……」

「では、失礼します。よろしければお食べください」

 部屋の外でコトっと音が鳴る。


「……」

 数分後に部屋の外に顔を出す。

 ドアの前には暖かいポタージュスープと小皿には丸っこいロールパンがふたつ。もうひとつのお皿にはハンバーグとニンジンが添えられていた。


「……」

 わたしはその場でしゃがみ込み、パンとハンバーグをお腹に流し込んだのだった。


 ◆


 太陽が空を照らす。

 空は青く澄んでいて風がとても心地よい。


 ベッドから立ち上がると、ソースがべっとりと残る食器を持ってわたしは部屋を出た。


 ◆


「ゆ、勇者さま……?」

 キッチン兼リビングのような部屋に入ると神父さんが朝食を食べいるところだった。


 テーブルには神父さんの食事の他に、別皿に一口大に切りそろえられたサンドイッチが添えられている。たぶんわたしの部屋に持って行く朝食だったのだろう。

 神父さんを後目に、キッチンに直行して水がたまっているボールに持ってきた食器を浸す。


「勇者様……その……大丈夫ですか?」

 神父さんの質問に答えずにわたしは黙々と食器を洗い出す。


 水を出す蛇口が見あたらない。と、水がはいったボールの周りをよく見てみると滴が垂れている歯車があった。


 その歯車には水を流していると思う下を向いている管がある。


 管の下に手を差し出してみると歯車が自動で回り出して予想したとおりに水が出てきた。どうやらこっちの世界では、水は手を差し出すと流れる仕組みだらしい。


 原理や仕組みはまったくはわからないけど……


 出てきた水でしっかりと、皿の汚れを落として洗い流す。

 食器を上下に降り水気をよく切って、手短にあったタオルで食器を拭いて食器棚へと戻す。


 その作業を二枚のお皿に対して行う。


 最後に自分の手を洗って、タオルで手を拭いてを神父さんの対面の席に着く。


「あの……勇者様……」

「昨日は、部屋にこもっていてすみませんでした」

「あ、いや……仕方ありませんよ……死ぬかも、と言ってしまったのですから」

「はい。だから、考えました。ずっと。今日ここにくるまで」

「考えた……ですか?」

「はい。聞いてくれますか?」

「もちろん」」


 そして、わたしは考えたことを神父さんに話した。


 もう、わたしの世界に戻れないならこの世界で何かをやり遂げようと。

 どうせこの世界で死ぬなら、勇者として死んでいこうと。

 そして、その何かをやり遂げる第一歩として『職業』を集めることを宣言した。


 半ばやけくそだけど、そのやけくそが今のわたしの原動力だ。


「よ、よろしいのですか……?」

「ええ、どうせ戻れないなら、部屋でウジウジしててもしょうがないですし」

「あ、ありがとうございます」

「それで、職業を集めるってどうすればいいんですか?」

「そうですね……」

 神父さんは本を広げ、何かを確かめるように目で文字を追う。


「職業の、世界に行ってもらうことですね」

「職業の……世界?」

 いまいちピンとこない神父さんの言葉に首を傾げた。


「はい。職業の世界で職業を持ってきてもらいます」

「持ってくる……ですか?」

 う〜ん、どうしようまったくピントこないなぁ……職業の世界で職業を集める?


「職業の世界で職業を持ってくるって……誰かに弟子入りしてその職業を学んでくるって事ですか?」

「いえいえ、違います。言葉通りに持ってきてもらいます」

「……えっと」

 どうしよう……話が噛み合ってないかも……


 神父さんは『言葉通り』って言ってた……と、言うことは……


「……」

 無い頭で言葉の意味を考える。思考の試行を繰り返して意味を考えてみる。


「職業ってたしか……複数ありましたよね?」

「はい」

 複数の職業……職業の世界。職業を持ってくる……?


「職業の世界って事は……ここじゃないって事ですか?」

「はい。別の世界……と言った方が正しいかもしれません」

「おふぅ……」

 別の世界の職業を集める……それが複数。


「つまり、それぞれの職業の世界に行って『職業を持ってくる』って事ですか?

「はい。そう言うことです」

「じゃあ……どうやって持ってくるんですか?」

 それも問題。神父さんは『持ってくる』っていった。職業は持ち運べない。まぁ、自身がその職業に就職になったら『持ってくる』っていう表現は正しいと思うけど……それじゃ、何年もかかりそう。


 ……まぁ、わたしの世界に戻れないなら何年かかかってもいいような気もするけど……


「もうひとつ、持っているじゃないですか」

「持っている……?」

 待って……持っているで持ってくる……じゃあ、この手に収まるサイズ……


 手のひらを見て、さらに深く考える。


 わたしは昨日……『何を持っていた?』


 この手に残る感覚と感触をわたしは知っている。

 この耳に残るかわいい声をわたしは知っている。


 わたしが勇者であり、勇者である証。


 まるで『USBメモリ』のような形のモノをわたしは……知っている。


 そのモノには『勇者』という『職業』が入っていることをわたしは知ってしまっている。


 そして、それを使って勇者になれる事をわたしは知っている。


「もしかして……職業メモリを……ここに持ってくるんですか」

「はい。その通りです」


 USBメモリ……じゃないけど、メモリに職業を入れて持ってくる……


「う〜ん、よくわからないですね。つまり。このメモリに職業を入れてくるってことでいいんですか?」

 勇者メモリを取り出して、神父さんに見せる。


「はい。認識としては間違っていません。ですが、そのメモリではありません」

「ん? 違うんですか?」

 違うのか……じゃあ、どうやって……


「言ってないかも知れませんが。メモリは1職業につきひとつと神がお決めになっていますですので、複数の職業をひとつのメモリに納めることはできません」


「1職業につきひとつのメモリですか……」

「場所を変えましょう。その方が説明がしやすいですし」


 神父さんは立ち上がり食堂を出る。わたしはその後を付いていく。


 そのあとも神父さんはひと言も話さずに、本のページをめくっては何かを考え込むように首をかしげたり、顎を指でなでるような仕草をしていた。


 ◆


「この……燭台全部が……職業を司っているんですか……」

 付いていってたどり着いたのは、忘れるはずもない。火が灯っていない大きな燭台。そしてここはわたしがダーマドライバーをはじめて見て、手に入れた場所なのだから。


「はい。そのとおりです。この燭台に火が灯ればこの神殿に職業が復活します」

「……火ですか……」

 燭台は全部で15台。燭台に火が灯っているのはひとつもない。


「15個か……」

 15個の職業……少ないような多いような……


「……よし!」

 両頬を手で挟み込むようにパンパンと叩き、気合いを入れる。


「考えたってしょうがないから、とりあえず行ってきます」

 行くって決めたからに行く。それがわたし!


「わかりました。ではどの職業の世界に行かれますか?」

「ん? どの世界? 選べるんですか」

「え〜はい。たぶん」

 たぶんってのがすごく気になる……


「選べるんなら……じゃあ……あ!」

「どうされましたか?」

「職業って、どんな職業があるんですか? さっき戦士やら魔法使いやらとかは聞きましたけど……他にもあるんですよね?」

 かなり肝心な事を聞いてなかったぞ。結構大事だし重要なことだ。


「はい、確か……お調べしますのでしばしお待ちを!」


 神父さんが小走りでどこかに行ってしまった……まぁたぶん本棚だと思うけど……


 数分後、帰ってきた神父さんが紙に書いてきてくれた職業は……


○戦士

○武闘家

○僧侶

○魔法使い

○盗賊

○遊び人

○踊り子

○技師

○???

○???

○???

○???

○???

○???

○???


 こんな感じで紙に書いてあった。


「う〜ん……この『???』っていうのはなんですか?」

「申し訳ありません。文献がかなり古く、文字がかすれてしまっていて……文字が判断できなく……」

「そうですか」

 7つの正体不明の職業……なんだろ、一度気になるとすごく気になる。


「じゃあ……そうですね……」

 判明している8の職業の世界からひとつを選ぶとしたら……


「遊び人……なんかすごく平和そうな職業だな……」

 そしてなんかすごくチャラそう。うん、めんどくさそうだし後回し決定!


「戦士と武闘家も後回し……なんか怖そうだし……技師は……よくわからないし。これも後回しだ。盗賊も……いろいろと盗まれそうだし……これも後回しだね」

 絞られてきた、となると……


「僧侶、魔法使い、踊り子……の3つ」

 なんとなく無害そうなのは踊り子だな……踊り子……歌って踊れるアイドルみたいなものなのかな? それともこの前マツコ・デカックスの番組で見たポールダンサーみたいなものなのかな?


 まぁ、平和そうだし、無害そうで怖くなさそうだし『踊り子』の世界に行ってみよっかな。


「じゃあ、踊り子の世界に行きます」

「かしこまりました!」


 神父さんは大部屋の奥にある男性が剣を掲げている絵画が飾られている壁へと歩み寄っていく。


「それでは……え〜お待ちください」

 神父さんは絵画の脇にある青白い水晶玉を触る。


「うわっ!」

 突然、絵画が波打ち銀色のオーロラが絵画を覆う。


「な、なんですか……これぇ……」

「これは『ルーラカーテン』または『旅の扉』とも呼ばれています」

「ルーラカーテン? 旅の扉?」

「はい。世界を行き来できる唯一の移動手段です」

「世界を……移動……」

「はい。では」

「えっと……くぐればいいんですか?」

「はい。このカーテンをくぐった先が『踊り子の世界』です」

「おふぅ……」

 なんか、緊張してきた……


「じゃあ……行きますね」

「あ、待ってください」

「な、なんですか?」

「ダーマドライバーをお持ちですか?」

「あ、いや持ってないです……」

「踊り子の世界では何かあるかわかりせん。ダーマドライバーを用心のためお持ちにかってください」

 何かあるか、わからないか……それはそうだよね……だって『死ぬ』かもしれないんだし。


「じゃあ、準備をしてきます」

「かしこまりました。では、ここでお待ちしています」


 神父さんに軽く会釈をして、部屋へと戻ったのだった。


 ◆


「短い間だったけど……しばらく帰ってこないとなるとなんだか寂しくなるな……」

 本当に短い間だったけど……この部屋には救われたな。


 もし神父さんがこの部屋を貸してくれなかったらわたし、不安と帰れない恐怖でどうにかなっていたかも。


 それもこれもこの部屋があったからだ。ひとりで泣けたし、心の整理もつけることもできた。そしてひとりで考える時間もできた。お父さんもお母さんも……友達もいなくて寂しかったけど……


 壁に囲まれたこの空間がなかったら本当にどうにかなってた。


 自分だけの空間って言うのが、どれかけ大事だって事が身にしみた時間だったな。


 ◆


「こんなものかな」


 学校指定のカバンの中に入っていた教科書やノート、リップやお菓子のパイの果実やマイタケの里などのお菓子の類は全部出した。そしてカラになったカバンにダーマドライバーを入れる。


「持って行ってもしょうがないかな……あ、でもおなか空くかもしれないし」

 机に出した食べかけのポッチーとシルバーサンダーを数個カバンに戻す。


 何も食べる物が無いときの保険の為、これは持って行こう。


「よし!」

 ドアノブに手をかけドアを開ける。


「ありがとうございました。帰ってきたら、またよろしくね」


 振り返り、宿主がいなくなる部屋に頭を下げて一礼をして、部屋を後にした。



 ◆



「お忘れ物はございませんね」

「はい。大丈夫です」

「では道中、お気をつけて」

「はい。行ってきます」

「いってらっしゃいませ。勇者さま」


 銀色のオーロラ『ルーラカーテン』を抜けて、わたしは『踊り子の世界』へと向かうのだった。


 旅立ちの日 完

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