ココロが折れる、カナシミの話。
「失礼しまぁ〜す……」
誰もいないだろうけど……いちおう礼儀で挨拶をして中へと入る。
「暗い……なぁ」
手近の壁に手を触れる。そして気づく。『室内ライトのスイッチなんてあるわけない』と。いつものクセでドアの近くにあるって思いこんでしまっている。
外には明かり的なモノはあったけど……この部屋にはそういったモノはない。ただ、ただ『暗い』だけ。それだけの部屋。
「どうしよう……行ってみようかな」
そんな事を自分で呟くけど、考えるより先に足はすでに部屋の中へと歩き出している。理由はわからない。わからないけど考えるより足が中へと進み出す。
この先にはなにかありそうな感じ。かっこいい言い方をするとまるで『導かれるように』部屋へとわたしは歩き出している。
すこし歩くと水の流れる音がしている。部屋の奥から流れているのかも?
扉から差し込む光で部屋の奥が照らされて、暗い印象はなくなっている。そしてそのまっすぐに延びる光の先にあったのは−−
「……石……ちがう……なんかの石像かな」
立派な装飾が施された台座に乗せられているのは大きな石。でも、その石はなんとなく何かの形を形どっている感じがする……ような気がする。
「これ……なんだろう……?」
ひとり言をいいながらわたしはその石像を両手で掬いあげるように持ち上げる。
「へっ……? ちょっ、えっ!? なに!?」
ちょっとだけ持ち上げた瞬間に石からまぶしい光が漏れ出す。
「やだぁ!? なに! なんなのぉ!?」
意味も分からずに、石を台座に落とすように戻す。光はなお漏れだし、石像にひびが走る。
ひび割れた箇所からも光が漏れ出し、その輝きはどんどんと増していく。
「なに……ど、どうしちゃったの」
「どうして……扉が開いているのですか!?」
扉の縁に張り付いて怖がっているわたしの後ろに、いつの間にか神父さんがいた。
「ど、どうちゃったんですかね……アレ」
「わかりませんが……ですが、どうしてこの部屋の扉が開いたのですか」
「わたしにもわかりましぇんよぉ……なんか勝手に開いたんですぅ……」
「勝手に……?」
「そ、そうです」
「もしや……うっ!」
「うわ、すご、まぶしっ!」
石像からは光がさらに漏れ出す。その輝きはもう、目を開けていられてないほどの
まぶしさ。
「おおっ……!」
神父さんの声が前の方から聞こえてる。
わたしはゆっくりと目を開けた。
「これは……本当に……」
目を開けると神父さんが目を見開いて何かをじっと見ている。それはまるで……喜んでいるかのように……欲しかった何かを手に入れたようにじっと見ている。
「なんですか……これ」
それは、さっきまで石像だったもの……? か、どうかわからないほど綺麗さっぱりと石がなくなっていてかわりに……新品の家電のような……機械的な何かだった。
「もしや……あなたなら……さぁ」
神父さんがわたしに『それ』を差し出した。
「な、なんですか……これ……?」
「これは、世界の職業を司る『ダーマドライバー』と呼ばれるベルトとクラスメモリです」
「だ、だーまどらいばぁ? くらすめもりぃ?」
「そうです。それでこの世界にあなたが『職業』をもたらしてください!」
「はい!?」
「さぁ! お願いします!」
「えっと……ど、どうやって……?」
「あ……しばし待たれよ!」
疑問を呈すると、神父さんは走って部屋を出てしまった。
「なんなの……」
残されたわたし……そして手に持った謎の機械と小さい部品?
なんだからわからないまま取り残されたわたしは手持ちぶさたで、渡された小型の機械と小さい部品を見た。
「……なんだか、これ……」
手のひらサイズの小さい部品? なんとなく見覚えがある。
「デカいUSBメモリみたいだな。あ。メモリって言ってたっけ?」
その部品は先が端子のような形をしておりパソコンなどで使うUSBメモリに近い形状をしていた。
「……いけそう」
で、この機械……ダーマドライバーだっけ? の穴のような所に……なんとなく差し込めるような気がした。
「あ、ピッタリ」
実際に差し込んでみる。穴とUSBメモリ? はサイズがピッタリとはまり、カチっという差し込まれた音がする。
でも、これと言って何か起こるわけでもなく、ただそれだけだった。
「イミフなんだけど……」
とりあえず、USBメモリをダーマドライバーから抜く。
メモリをよく見てみると鳥のような絵柄描いてある。なんとなく『ナスカの地上絵』を思い出させるような鳥の絵柄。
「お、お待たせしました!」
さっきと同じようにに走って戻ってきた神父さん。違うところは辞書並に分厚く重そうな本を手にしているところだった。
「えっと……」
戻ってくるなりものすごいスピードで本をめくりまくる。これはこれですごい特技だと思った。
「まず、そのダーマドライバーを腰に当ててください」
「腰に?」
「はい、そうすれば光が腰に巻きつくとあります」
「光が腰に??」
よくわからないけど、とりあえず腰にダーマドライバーを当ててみる。
「うわっ!」
腰に当てるなり、神父さんの言うとおり光が腰を1周して巻き付き、そしてベルトのように腰に固定される。
「その状態でクラスメモリにある突起を押してください」
「突起?」
クラスメモリを観察すると、鳥の絵柄の下に確かに少し飛び出ている箇所がある。
言われたままクラスメモリの突起を押す
『勇者』
「うわっ!」
メモリから機械的で抑揚のない女性の声で『勇者』と発音された。
「おおっ……そのメモリは『勇者』のメモリ!」
「ゆ、ゆうしゃ……?」
勇者って……あの、ゲームとかで出てくる主人公とかのあの勇者?
「さぁ! メモリをダーマドライバーに差し込んでください! 早く!」
「ううっ……ち、近い、怖い、怖いです!」
なんか興奮気味の神父さんがわたしにじりじりと寄ってくるのがすごく怖い! なにに興奮してるのかわからないところが怖い!
「あ、こ、これは失礼……」
神父さん……なんか怖いよぉ……鼻息が荒いし……目が血走ってるしぃ……
「これを、これに差し込めばいいんですね」
「はい、どうかお願いします」
言われるがままに勇者メモリをダーマドライバーに差し込む。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「何も起きないんですけど?」
「何の起きないですね。ちょっとお待ちくださいね」
神父さんはまた、ものすごいスピードで本をめくり始める。
「勇者ねぇ」
よくクラスので男子たちがソシャゲの話……だと思われる会話の中に勇者だのソルジャーだのとよく口にしてたのは聞いたことあるけど……勇者ねぇ……わたしは歌姫とか天使とかお姫様のほうがかわいくて、いいんだけどなぁ。
ゲームのことはよく知らないけど、勇者が最終目標とか話してたっけ……課金でお金を消費するだけなのに何がいいんだろ? やっぱりわたしにはゲームの魅力はわかんないな。データにお金をかけるくらいならもっと形に残るモノに使えばいいのに。
スマホでゲームするくらいなら携帯ゲーム機とかのほうがいいんじゃないかな?
なんて、思ったところでゲームの魅力のわからないわたしが思ってもしょうがないか
。
「……」
いつまで本めくってるんだろう……手、疲れないのかなぁ……
神父さんは一心不乱に、目もくれずにページをめくる。めくりまくる。
「しばし、お待ちください」
「あ、はい」
また走ってどこかに行ってしまった……元気だなぁ……あの神父さん
「遅いなぁ……戻ってこないよ……」
そんな事を思って、数十分後。
「お、お待たせしました」
息を切らして戻ってきた神父さんが、本と口を開いた。
「どうやら、発動するには何か言葉を発しないといけないようですね」
「発する? 叫ぶってことですか?」
「たぶん……そうだと思われます」
「声を……発する。ひとつ聞いていいですか?」
「なんでしょう」
「発動すると、どうなるんですか?」
「メモリが勇者なので、勇者になると思われます」
「勇者になる……なるって思われますが、が意味深ですね?」
「はい……申し訳ございません。なにぶん私もそのダーマドライバーが稼働するのは初めて見るので……『思われます』や『どうやら』など不確定なことしか言えないもので……」
「なるほど……もうひとついいですか?」
「なんでしょう?」
「そもそも『勇者』ってなんですか?」
「えっと……この古文書でよろしければ」
「はい。それでいいです」
「では……勇者とは『神が創りしすべての職業の頂点に立つ究極の職業。その力は世界を救い、世界を創造する』と書かれています」
「……そ、壮大ですね……」
「そうですか? 極めて当たり前のことだと思いますけど?」
「は、はぁ……当たり前ですか……」
と、なると……その勇者になれるかもしれないわたしって……『世界を救わないといけない存在』のかな……そんな事が当たり前の世界なんだ……ここって……
「とりあえず、ダーマドライバーとメモリを使ってみましょう!」
目をキラキラ(ギラギラ?)させて、神父さんはわたしを期待の眼差しで見ている。
「さあ! さあ! 遠慮せずにさあ!」
「おふぅ……ぐいぐいきますね……」
「さあ! 勇者メモリを!」
「あ、おふぅ……近い! 近いですって!」
「し、失礼しました!」
ぐいぐいと近づいてくる神父さんを手で制して、後ずさりして距離を取るわたし。
「し、じゃあ、行きますね」
緊張の面もちで、『勇者メモリ』のボタンを押す
相変わらず抑揚のない女性の声で『勇者』とメモリから声があがる。でも、冷たい感じだけど意外とかわいい声だなって思ってしまう。
「どうぞ、メモリをダーマドライバーに!」
「はぁ……じゃあ」
若干戸惑い、そして神父さんに引き気味にメモリをダーマドライバーに差し込む。
「えっと……じゃあ……この状態でなにか言えばいいんですね?」
「はい」
「え〜っと……う〜ん……」
人差し指を顎にあてて、目線を上にあげ言葉を思い浮かべる。
この状態で何か言えばいいって言われてもなにを言えばいいんだろう? やっぱり……よく日曜日の朝にやってるヒーローものとかの『変身!』かなぁ……でもなぁ……『変身!』ってなんか恥ずかしいし、やだなぁ……
神父さんが職業にこだわってたから……『就職!』とか『転職!』ってもの変だし……
なんか言いやすくて恥ずかしくない言葉……なおかつ叫んでも違和感のない言葉かぁ……
「う〜ん……あ、ちょっと待ってくださいね!」
神父さんに告げて、ポケットからスマホを取り出しアプリをアイコンをタッチ
タッチして起動させたアプリは『連想・類似語辞典』この前アプリストアで無料だったのでなんとなく落としたアプリ。
そのアプリを初めて起動する場所がまさかこんな異世界だなんてあの時は夢にも思わなかったけど……
で、アプリアイコンをタッチ。
「あ、よかったぁ」
このアプリは電波を必要としないオフライン起動可能のアプリだった。
「よし! えっとまずは……変化……覚醒……チェンジ……ジョブ……クラス……う〜ん……メタモルフォーゼ……いまいちピンとこないなぁ……」
とりあえず、アプリと勇者メモリを一旦終了させて、なんか考えてみる
「職業……転職……就活……面接……仕事……業務……業種……」
職業で思いつくワードを片っ端から言葉でつなげてみる
「ワーク……ワーカー……アルバイト……プロフェッショナル……」
「スーツ……制服……制服か……」
スーツから制服を連想。
「制服を着て仕事……制服……正装……かわいい……」
自分のセーラー服を見て、『かわいい』を連想。
「かわいい制服……服……服……服装……ファッション……着替える……映える……バズる……服……ドレス? ドレスかぁ……」
うん『ドレス』ってなんかいいかも!
「うん、なら!」
勇者メモリを再機動。かわいらしい女性の声で『勇者』と響く。
「ふぅ、では、行きます!」
「お願いします!」
期待がこもった神父さんの返事を聞き、大声で叫ぶ
「ドレスアップ!」
勢いよくメモリをダーマドライバーに差し込む。
ダーマドライバーから『メモリイン! 勇者!』と声が鳴る。
「えっ!? なになに!?」
メモリから鳥のマークが飛び出した。
それは、メモリに描かれているナスカの地上絵のようなマークそのもの。だけど……
「えっと……大きくない……?」
わたしがすっぽりと覆えるくらいの大きさ。そして……それが……
「なんか……迫ってくるんですけどぉ!」
徐々にスピードをあげて迫ってくる鳥のマークに逃げまどう!
「ちょっ……なに、なんでぇ〜〜〜〜」
超ダッシュでわたしは迫ってくる鳥のマークから逃げ回る!
「勇者さま! そのマークを受け入れてください!!」
神父さんがなんか言ってるけど正直それどころでじゃないんだよね!
「勇者さま、くぐって! くぐってぇ!」
「くぐる!? ムリムリ、ダメダメ! ヤダヤダ! こわい!」
「大丈夫、だいじょ〜〜〜ぶですからぁ!」
「いやだ〜〜〜〜」
部屋から出てさらにダッシュでマークから遠ざかる!
「勇者さま〜〜〜○×□△!」
神父さんが何か言ってるけどもはや何も聞き取れないくらい離れている。
「追いかけこないで〜〜〜っ、あうぅ!!」
何かにつまづき、思いっきり頭から転んでしまう。
「いたぁ〜〜〜あ」
倒れたまま振り向いた先には鳥のマーク
「えっと……」
徐々に、ゆっくりと近づいていくるマーク。
「あはは……」
なんとなく笑ってみた。
なんか状況の変化が起こるわけでもなく、ゆっくりと近づいていくのは変わらなかった。
「ひっ!」
少しづつ近づいてきた鳥のマークは突然、スピードを上げて迫る。
もうダメだと、目をつむる。迫る鳥のマーク。
「へっ……」
一瞬、冷たい感覚が襲ったが、それっきり。痛みも何もない。だけど……体がなんか重い。なにか体にのしかかかってる。
「えっとぉ……」
おそるおそるで、ゆっくりと目を開ける。
なんか視界が狭い……穴のあいた長方形から外をのぞいてるような感じ。
「えっ!」
狭い視界から見たのは腕。半袖のセーラー服を着ていて。素肌のはずなのになんか、ごっつい青色の鉄のように変化している。『えっ、えっ!』と取り乱し、重くなって動きにくい頭を足に向ける。
「えっ! えっ!?」
足にも青い色の金属に変化している。そして足も重くなって動かない。
「ちょっと……えっ!? やだ!」
腕や足じゃくて……全身青い色の鉄の塊になっている!?
「何これ……重い……重……いっ」
頭や腕、足、上半身、下半身。指の一本に至るまでまったく動かない。重くて。
重くて、重くて自分の体じゃないみたい。
「神父さん!? 動けないんですけどぉ!? なんですかこれぇ!?」
たぶん、近くにいるはずの神父さんに助けを求める。
「えっ、動けないのですか?」
やっぱり近くにいた。
「全身が重くなって全然動けません! とりあえずわたし、いまどうなってますか?」
「すばらしい神々しい鎧に身を包まれていますよ」
「はい? えっと、よ、鎧……ですか?」
「はい。『勇者の鎧』です」
「勇者の鎧……? その、重くて動けないんですけど……な、なんとかなりませんかこの鎧」
「えっと……少々お待ちください!」
そして、神父さんはいなくなった……
「ううっ……お、重いよ……つぶれそう」
こーして私は、神父さんが帰ってくるまで、約10分以上。この重さにあえなければいけなかっただった。
◆
「ううっ……体が軽い……よかった……ホントによかったよぉ……」
神父さんが帰ってきた後。勇者の鎧をどうにかする方法を聞いた。
方法はすごく簡単だった。装着した勇者メモリをダーマドライバーから引き抜けば勇者の鎧から解放されるとのことだった。
神父さんいわく勇者の職業を解除するそうだ。
そのあと神父さんはさらに、『勇者の剣』を見たかっただの、『勇者の盾』の美しい装飾を見てほしいだの言ってたけど、まったく耳には入ってこなかった。
とにかく帰りたい。
それだけを思っていた。でも、たぶん、わたしは帰れない。そんな気がする。
「勇者様、勇者様?」
「えっ……」
「大丈夫ですか? お声をかけても返事がないもので……ご体調がすぐれないのですか?」
「あ……いや、そういうわけでは」
「そうですか……お疲れでしょうから、今日はもうお休みになられてはいかがでしょう? 夜も深いですし続きの話は明日、お話ししましょう
「そ、そうですね……」
部屋に戻り、机にダーマドライバーとメモリを置き、イスに置いてあるカバンから食べかけの『トッピ』の箱を取り出す。
「……おいし」
もうトッピやいろんなお菓子を食べられないと考えるとなんだか悲しくなる。
ひとくちだけ食べたトッピをカバンにしまって、わたしはベッドに横になり、眠気の身をまかせるのだった。
◆
「朝……」
起きるて、外を窓の外を見る。降り注ぐ暖かな陽の光。その光に照らされる森の葉っぱ。
暑くもないし、寒くもない。本当にちょうどいい気候。
窓から顔を出してみた。風は優しく吹いて、心地いい。
「……」
でも、ここは……わたしの知らない景色
太陽も風も、森も、土も、その上に転がっている石も……わたしは知っている……『知識』として知っている。
でも、ここはわたしは知らない。
セーラー服のまま……わたしはパジャマに着替えることなく寝て起きた。お風呂すら入っていない。起きて、何度目かわからないけど……この景色……風景をみて思い知らされる。
『ここはわたしの知っている世界じゃない』と。
◆
「あれ……」
下の神殿に来てみても、神父さんは居なかった。
神殿の扉に手をおく。何度も、何度も願ってもきっと外は変わらない。そんな事を考えて扉を押し開ける。軽い力でなんなく開いた扉の外に広がるのは……
なにも変わらない、ただの知らない景色だった。
相変わらず風は気持ちよく吹く……陽の光も優しく降り注いでいる。
「あ……」
外で神父さんが片膝をついて指を組んでいる。映画やドラマで見たことがある光景をまさか実際に見るなんて思いもしなかった。
「あ、おはようございます」
「おはようございます」
わたしに気づいた神父さんが祈りを中断してあいさつをしてくれた。
「お顔が優れませんね……あまり、眠れなかったですか?」
「……そんなことないですよ。ところで何やってたんですか」
「ああ、日課で太陽神に祈りを捧げていました。今日も光をありがとうございます。と」
「そうですか。すいませんお祈りを妨げてしまって」
やっぱり、祈りを捧げていたんだ。
「いえ、ちょうど終わったところですので……では中で朝食にしましょうか。昨日の続きもありますし」
「あ、すいません」
神父さんに促されるままにわたしは後を付いていった。
◆
「では、昨日の話の続きですが……よろしいですか」
「あ、はい」
朝食を食べ終えた後、神父さんは姿勢を正して話の続きを切り出す。
「単刀直入でお願いしたいことで、勇者様には神殿から無くなった『職業』を集めてきてほしいのです」
「……職業? 無くなったんですか?」
「はい。そうです」
「えっと……職業を集めるって……その、あの職業ですか?」
「あの、という表現が正しいのかは私にはわかりませんが、職業です」
「えっと……サラリーマンとかモデルとかいうあの?」
「その、勇者様のおっしゃっている「さらりーまん」や「もでる」と言ったものがどういったものなのでしょうか?」
「あ、えっと……あ、気にしないでください。ただのひとり事ですから」
「はぁ……そうですか」
そっか。ここはわたしの知らない世界だから、わたしの世界の職業があるわけがないんだ。
「その、この世界? わたしこっちの事を全く知らないんでその、この世界にある職業を教えてもらえますか?」
「わかりました。すこしお待ちください」
その言葉を残して神父さんは小走りでどこかにいってしまった。
そして、神父さんが帰ってきてわたしはこの世界の職業を聞いた。
その職業はわたしの世界ではなじみがまったくなく……本当にあるのかさえ疑問だった。
戦士・武闘家・僧侶・魔法使い・盗賊・技師・踊り子・遊び人
現実味の帯びない職業がならぶ。
あ、いや、遊び人だけはなんとなくわかるような気もするけど……
「まだほかにありますが、ざっと調べてみました」
「ありがとうございます。ところで勇者は職業ではないんですか?」
「はい。昨日お話ししたと思いますが、勇者はすべての職業の頂点です。そして神に選ばれたものにしかなれません」
「はぁ……」
神に選ばれたって所ははじめてきた気もするけど……
「その神に選ばれたのが……わたしですか?」
「そうです」
「神に選ばれた勇者が、職業を探すと?」
「えっと……まぁ、今の状況ではそ、そうですね……」
「今の状況と言いますと、状況が変わると勇者の役割も変化するんですか?」
「まぁ……その、本来の勇者は『闇を払い世界を救う』が本来の役割ですので……この状況はかなり特殊とみて間違いありません」
闇を払うって部分も初耳なんだけど……
「う〜ん……職業はいま言ったもので全部ですか?」
「はいそうです」
「他にはないんですか? たとえば店員とか料理人とか?」
「てんいんというのはその、もしかして店をきりもみしてモノを売る人ですか?」
「ええ、まぁ……たぶん」
自分で言っておいてなんだけど店員の定義なんて知らないんだよね……
「料理人というのも、もしかして料理をつくるひとですか?」
「はい。そうです」
これはそうだろう。料理とひとだからね。
「それは……申し訳ございませんがそれらは『職業』ではないですね」
「そうなんですか?」
「はい。勇者様の世界の職業がどのくらいあるか存じませんが、モノを売るや料理を作るは『売るや作るは生きる上で当たり前にできる事』ですから。わざわざ職業にするものではありません。それは神が認めないでしょう」
「はぁ……そうなんですか」
ムズイな。この世界。
「逆に生きる上で必要なモノを創ると言ったモノは職業としては認められていますね。そうですね『技師』とかですかねモノを創ると言った部類は。料理で言うなら食材を作るひととかかなと思います」
「食材を作る……農家のひとかなぁ……」
なるほど……そう言われてみれば……そうなのかなぁ……
「ではさっそく、職業を集めてきてもらえますか?」
「さっそくですか?」
「はい……」
「あのその……職業集めって大変ですか?」
「……たぶん」
「断っても大丈夫……ですか?」
「えっと……ダメです」
「ううっ……」
やっぱりダメだったか……そりゃそうだよね。わたし『勇者』らしいから。
「じゃあ……その、この勇者って誰かに譲れるんですか?」
「ムリですね」
「ううっ……どうしてもですか?」
「可能性があるとしたら……勇者さまがお亡くなりになったときですね」
「お亡くなりには、なりたくないですね……」
「それでしたら……その、がんばってもらうしか……」
「ううっ……じゃあ、その職業集めって危険ですか?」
「そうですねぇ……その魔物と遭遇するかもしれませんから……安全とは言い切れませんね」
「へっ……ま、魔物って……なんですか……?」
「魔物というのは、人ならざるものですね。魔気や邪素に侵された動物が凶暴化し、さらに身体に禍々しく変化した動物を魔物と言います」
「襲われた……し、死にますか?」
「はい。確実に」
「……ムリ! 職業集めムリですぅ〜〜〜!」
「ゆ、勇者さまぁぁああぁああぁあああ〜〜〜〜!?」
大声で叫びながら、わたしは駆け出して二階の部屋に入る。
「ゆ、勇者様? どうなされたのですかぁ?」
追いかけてきた神父さんがドンドンとドアをたたく。
「怖いです! 死ぬかも知れない職業集めなんてわたしにはムリですぅ!」
「勇者さまぁああぁああ〜〜〜!」
その後、わたしは丸一日部屋に立てこもったのだった。
ココロが折れる、カナシミの話。 完