獅子たちは亡霊騎士に勝利する
大変お待たせ致しました。
開始から半年たっています。
予定ではもっと早く終わるはずだったんだ!
戦闘だってこんなに長引かない予定だったんだ!!
「グゥゥルガァァ!」
戦斧を構えたレオシュが、咆哮を上げた。
亡霊騎士を乗せた馬は怯えたのか、ほんの少し後退する。
レオシュの鬣が咆哮に合わせ黄金色に輝き、その黄金色の輝きは、戦斧にも、それからオレクにも波及した。
亡霊騎士の目の前にはその鬣と同じくらい大きな刃を持つ戦斧を構えたレオシュが立ちはだかり、彼をどうにかしなければ指名した娘の所へはたどり着くことが出来ない。オレクはいつの間にやら、亡霊騎士の騎獣の後ろ脚の付近へと移動していた。
「まずは、亡霊騎士を、馬から引きずり降ろさないとねぇ」
「あー、馬も攻撃してくるんでしたっけ」
親子からいただいたスモモを齧りながら、メトジェイとラドミラは観戦している。のんきな、と言われればその通りなのだが、二人はレオシュとオレクを信頼しているし、親子に必要以上の不安を持たせたくもなかった。その不安と恐怖は、亡霊騎士の糧となる。
レオシュの咆哮に亡霊騎士の騎獣が怯んでいる間に、レオシュは斧を振り上げた。振り下ろす先は亡霊騎士ではなく、馬の右前足である。馬の左側面に回り込んだオレクは、ほぼ同じタイミングで馬の左後ろ足を蹴り上げた。
「ギ! ィィィィィィィィィィィィィィ!!!」
対角線上の足を攻撃され、馬はバランスを崩す。それでも亡霊に連なる馬は残る右後ろ脚のみで立ち上がり、左の前足をレオシュへと振り下ろした。亡霊騎士は巧みに左手で自分の頭を脇に抱え、手綱を握っていた。右手をぶんと振るい、馬上槍を展開する。
レオシュは馬の攻撃を、斧頭ではなく斧刃の刃先で受け止める。蹄鉄がはめられているのか、金属と金属がこすれる不快な音が響いた。刃こぼれを起こすのではないか、と心配になるころ、レオシュは軽く押し返した。
オレクが、残る右後ろ脚を踏みつけるのと同じタイミングだったのを見たのは、メトジェイだけだ。
馬は不自然なほどにのけ反り、亡霊騎士はその手綱を離し、馬から飛び降りた。馬は亡霊騎士が下りたのとは反対方向に倒れ、靄になって消えた。靄はしばらくの間、その場にとどまるだろう。それは亡霊騎士からオレクの姿を隠したが、オレクらかもまた亡霊騎士をよく見ることが出来なくなった。
「オレクゥ、その靄の中に入っちゃだめだよぅ。人の身には有害だからねぇ」
「うっわマジか、サンキューメトジェイ!」
靄の向こう側、突っ切ろうとした仲間へと、メトジェイは声をかける。どうにか忠告は間に合ったようで、返答があった。
「メトジェイさん、ちょっとお伺いしたいんですが」
「んー?」
「亡霊って、どうなったら倒した、なんですか。ほら、動物とか魔物なんかは首を落とせばいいですけれど」
ラドミラの敵はもっぱら酔っ払いなので、亡霊を見るのは初めてだ。折角手に汗握る戦いを観戦できるのだから、と、メトジェイに問いかけた。
「亡霊騎士の騎獣、靄になって消えたでしょ? ああなったら、倒した、でいいよぅ」
「あー、なるほど」
ラドミラは緊張感なく、ぽんと手を叩く。
父母娘は一緒になって、互いの体をきつく抱きしめあっていた。慣れなければ戦闘を見るのは怖いだろう。それも、自分を、自分の家族を狙われているとあれば。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
ラドミラはちらりと家族に視線をやって、メトジェイにお礼を言った。メトジェイは戦場から目を離さなかったが、尻尾を軽く揺らした。
オレクはまだ靄の中から姿を現さない。迂回しているのだとしても、それほど広範囲ではないはずなので、タイミングを計っているのだろう。
亡霊騎士は左手に己の頭を抱え、右手に大振りの馬上槍を携えていた。レオシュは間合いを計る。
亡霊騎士はすでに死んでおり、その呼吸を計ることが出来ない。そこだけは、亡霊と戦う時に不便なところだと、レオシュは心の中で吐き捨てた。
レオシュは戦斧を振り上げたまま、亡霊騎士へ向けて踏み込む。まだ届かない。今振り下ろしたら、戦斧は地面を穿ち、亡霊騎士に好機を与えるだけとなるだろう。それでもレオシュは戦斧を振りぬいた。戦斧が地面を穿つ前に、もう一歩前へと進み、戦斧を亡霊騎士へと突き出す。
亡霊騎士は後方へと下がらずに、馬上槍でレオシュの攻撃をいなす。しかしレオシュの突きが思いのほか鋭かったのか、亡霊騎士はいなしきれずにたたらを踏んだ。
オレクは、まだ姿を現さない。
レオシュはさらに踏み込み、戦斧を振り上げ、
「っふ!」
鋭い呼気とともに振り下ろした。
ッガィン!
亡霊騎士はレオシュの戦斧を己の馬上槍で受ける。硬い金属同士がぶつかる激しい音が、響いた。
「っひ」
「大丈夫ですよ、こっちまでは来ませんから」
「案外強いねぇ、あの亡霊騎士。生前はそれなりに強い騎士だったのかなぁ」
父母娘が悲鳴を上げた。ラドミラは振り返り、微笑みを向けた。
レオシュは開始時の位置より広場の中央寄りにいる。亡霊騎士は天幕に近づくことが出来ていない。なんなら、じわじわと押されていた。
「オレクさん、出てきませんねぇ」
「タイミングを計ってるんだと思うよぅ」
亡霊騎士の頭部は左手に抱えられており、その顔はラドミラ達の方を向いていた。偶然かもしれないが、偶然でないのであればオレクは亡霊騎士の背後を取りやすくなるだろう。けれどラドミラはあえて、亡霊騎士に聞こえるかもしれない声音でメトジェイに問いかけた。
亡霊騎士が右手に持つ馬上槍は、穂先から手元までつなぎ目がなく、滑らかだ。おそらくはレオシュの戦斧と同じようにダンジョン産の武器なのあろう。そこらで買えるような槍であれば、とうに叩き折れている。しかし攻めあぐねている、というほどではない。
亡霊騎士は己の頭を持ち替えた。それは隙と言えるほどの隙ではなかった。盾を握りなおすように自然に、亡霊騎士の頭は後ろを向いた。おそらくそちらにオレクがおり、背後から不意を突かれぬように、ということなのだろう。
「あ、そうだぁ」
「どうしました」
メトジェイがちらりとラドミラを見た。ラドミラは水で喉を潤して、それからメトジェイの方を見た。
「亡霊騎士のあの武器、あれって自分たちが貰っていいんだよねぇ」
「まあほとんどただ働きも同然に来てもらっていますし、戦利品は持って行って貰って構わないと思います。私使えませんし」
「そこなんだぁ」
「いやあ、権利があるのはまずは皆さんで、それから私だと思うのですが」
「そうだねぇ」
「というか、靄になって消えてしまわないんですか?」
「んー」
メトジェイも水を口に含んだ。
父母娘は落ち着いてきたのか、三人もメトジェイの方を見た。もう、娘と母親の体は震えていないようだ。それでいい。
「靄になって消える前にねぇ、腕ごと落とすんだよぉ」
「おお、割と直接的でした」
「ダンジョンだと倒した後に戦利品、って形で、宝箱が落ちてね。そこに戦斧は入ってたなぁ」
「あー、ここダンジョンじゃないですもんね」
「そうそう。だから、まずは腕ごと馬上槍をねぇ」
亡霊騎士の持つ馬上槍は、防戦にも優れていた。リーチがあるのも利点の一つであるが、滑らかな金属は手元で広がって覆い隠している。籠手や盾の役割も果たしているとみていいだろう。レオシュの持つ戦斧とは、相性がどう見てもよくなかった。が。
トン、と軽やかに、オレクが靄の中から躍り出てきた。後程本人が言うには、別にタイミングを見計らっていたわけではなく、靄の向こうで迷子になっていたのだという。存外靄は広く、戦斧と馬上槍がぶつかる音も聞こえなかった。
時間経過で靄は薄くなり、それとともに音も戻ってきたから、オレクは躍り出たのだ。
躍り出たオレクはその鋭い鉤爪で、亡霊騎士の頭を狙った。勿論それは亡霊騎士の目に映っていたから避けることが可能だったのだが。そのために身をよじった瞬間、レオシュの手にした戦斧がこれまでよりもはやい速度で肩へと振り下ろされた。
亡霊騎士はオレクの蹴りを避けるために左に一歩下がった。それは相対していたレオシュの目の前に、肩が出る状態になる動きだった。ラドミラだったら反応は出来なかったと思うその一瞬の隙に。
「アアアアアアアアアアアッッッッッッ!!!!!」
亡霊騎士の頭のない首が、自分の肩を見ていた。もしもそこに頭があったのなら、肩を見ているだろう動きをした。
亡霊騎士の肩口から靄が出る。けれどまだ死に至る量ではない。切り落とされた腕の部分は、地面にバウンドした後馬上槍を残して靄になって消えた。ラドミラはじっとそれを見ていた。自分が亡霊騎士と戦う日はこない。けれどいつの日か亡霊騎士と戦う人に助言ができる日は来るかもしれない。だから彼女は、じっと見つめる。
亡霊騎士の頭はオレクを見ていた。けれど体の方は、失ってしまった己の右腕に注意がそらされた。
「おいおい、ちゃんと相手してくれよ」
確かにオレクの初撃は亡霊騎士の頭を捉えなかった。けれど着地した彼は、亡霊騎士の意識がそれいている間に、亡霊騎士が左手で抱えたその頭を、蹴り砕いた。
長らくのお付き合いありがとうございました。
これにて完結、そしてカテゴリをホラーからハイファンタジーへ変更します。
怪異を殴り殺している時点でホラーではない。